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あの日から、渉のことをどこか避けるように大学生活を送っていた。いつも一緒に過ごしていた時間も、一人で過ごすか、別の知り合いとやり過ごしていた。
渉も特に何かを言ってくるわけじゃなかったし、顔を見ない方が気持ちが楽だと思っていた。
「坂井くん!」
一人で歩いていると、後ろから聞き覚えのある声に呼び止められた。振り返ると、馬渕さんがこちらに向かって駆けてくる。
「今日は一人?」
「それはこっちの台詞。坂井くんと田丸くんって、喧嘩でもしたの?」
「なんで?」
「だって、最近全然一緒にいないから……。さすがに心配で声掛けちゃったよ」
「渉には、声掛けたの?」
「それは、莉乃がやってる」
「あー、なるほど……」
別々に探りを入れているってことか――。
そんなことしたって、面白い話が出てくるわけでもないのに――……。
「でっ、本当のところは……?」
「聞いてどうすんだよ」
「どうするって……心配してるだけでしょうが」
「頼んでないし」
「そう言わない。話せば少しは楽になるんじゃない?」
「ならねーよ」
「っとに、坂井くんって素直じゃないよね。顔にはしっかりとしんどいって書いてあるのにさ」
「うるせぇ……」
言いたい放題言いやがって――という気持ちと、こうして助け舟を出してくれたことへの有り難さが同時に押し寄せてきた。
本当はこのままじゃいけないってわかっているのに、なかなか気持ちが追いついてこなくて――渉の姿を見つけると自然と避けるように回れ右をしてしまう。
そんな俺を、あいつはどう思っているんだろう――?
意味もわからず避けられていると感じているだろうか――?
そりゃそうだよな――渉は何も悪いことなんてしていないのだから――……。
俺が勝手に誰かも分からない相手に嫉妬して、ムカついているだけなのだから――。
「坂井くんと田丸くんは、一緒にいる時の方が楽しそうだよ」
「そんなの……自分が一番わかってるって……」
「じゃあ、特に言うことなし。ちゃんと仲直りしなよ」
「わかってるよ」
「良かった。じゃあ、またね」
「ああ……。またな」
ばいばいと手を振り、直之に背を向けて歩き出した馬渕さんの背中を見送りながら、ふと直之は声を出した。
「馬渕さん」
その声に反応した彼女がゆっくりと振り返ると、「ありがとう」と一言だけ伝える。
確かに、いつまでも避けている訳にはいかないし、自分から動き出さなきゃ何も変わらない。
ふーっと大きく息を吐くと、直之はある場所へ向かって歩き始めた。
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