ショートケーキ

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 店を出てしばらく歩いていると、レトロな感じのカフェを見つけた。 「ここ、入ろうか?」 「そうだね」 ――カラン――  ドアを開けると、大きな鈴の音がお出迎え。中はテーブルがゲームになっていて、少し薄暗い、昔ながらの雰囲気が漂う店だ。  奥へ行くと、ここにも横並びのソファがあって、二人は迷うことなくそこへ座る。  荷物をソファの端に集めて、少し肩がぶつかるくらいの距離に落ち着くと、渉がメニューをスッと広げた。 「俺、ケーキセット」 「僕は、カフェオレにする」 「すみません」  メニューが決まって店員さんを呼ぶと、お水の入ったコップをトレイに乗せた中年の男性が近づいてきた。 「いらっしゃいませ。ご注文は?」 「ショートケーキとカフェオレのセットと、単品でカフェオレを一つ」 「かしこまりました」  注文を取ると、店員さんはカウンター奥へと戻っていく。  自然に直之はスマホをタップし、渉は小説を取り出して開いた。 「お待たせしました。ショートケーキとカフェオレのセットと、カフェオレです。どうぞ、ごゆっくり」 「ありがとうございます」  伝票が最後に縦のままくるりと丸められて、銀色の伝票差しに置かれた。  持っていたスマホをテーブルの端に置き、ケーキの入ったお皿を手に取ると、反対の手でフォークを握る。 「美味そー」  ショートケーキの先端をフォークで縦に下まで下ろして乗せると、口へと運ぶ。 「うまっ」  甘過ぎないクリームと少し酸味のある苺のクリームが絶妙に絡み合っている。 「渉」  名前を呼ぶと顔を上げて直之を見た。  直之はもう一度ケーキをフォークに乗せると、今度はそれを渉の口元へと近づけて、『あーん』のポーズをして見せる。  少し戸惑った様子を見せたけど、口元から手を動かさない直之に観念したのか、渉の顔が近づいてきて口を開けた。  その瞬間に、フォークをクルリと回転させ、自分の口の中へとケーキを収めて、意地悪く笑う。  前髪の奥に見える微かな瞳が、悲しそうに細まったかと思えば、ハッとした表情へと変わっていく…… 「もう……知らない」  プイッと顔を反対に向けてしまった渉は、またやられたと思っているだろう。  直之は、渉のその反応が見たくて仕方ない。困ったような、どう反応していいのかわからなくて少し手に力が入ってしまう。今だって、本を持っている手に筋が入っている。 「冗談だって……マジで美味いから。ほらっ」  もう一度ケーキを渉へ近づけると、そっぽ向いていた顔を少しだけ戻してきた。  ケーキをさらに近づける……  さすがの直之も、二度も同じことはしない。信じたのか、きちんとこちらへ向き直った渉が再び口を開けて顔を近づけてくると、ケーキをパクッと食べた。 「んっ、ホントだ。おいしっ」 「だろ?」 「うん。ありがと」  さっきまでの機嫌の悪さはどこへ行ったのか、表情が穏やかになって口をモグモグさせながら嬉しそうに笑っている。  渉のこういう顔がいいなって思う。  そして、俺が意地悪したら、不器用だけど感情を隠そうとしながらも隠しきれないそんな渉の反応をずっと見ていたいってそう思ってしまうんだ。 「今日は付き合ってくれて、ありがとう」 「こちらこそ」 「これからさ、待ち合わせはさっきのカフェにしない?」 「いいね。あそこだと大学の人たちもいないだろうし……」 「じゃあ決まり。また月曜に」 「うん。また」  駅前まで戻ってくると挨拶を交わしてお互いに背を向けて歩き出す。  手には荷物がいっぱい。今日の目的は買い物だけど、直之の中ではやっぱりショートケーキが頭から離れない。  思い出して思わず微笑んでいた。
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