僕は忘れ者、あなたは鏡の魔女

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 名前は魔力と繋がっているから、教えたら弱くなってしまうの。だから教えてあげられないのよ。以前、彼女はそう答えた。教えられないことを申し訳ないとは一切思っていなさそうな調子だった。  彼女とこうやってお喋りをするようになったのがいつ頃からだったのか、今の僕はもう覚えていなかった。 「今日、学校でこんなことがあって……」  僕はプラネタリウムで星空解説を聞くのが好きで、たまに電車に乗って通っている。他のクラスの星好きの女子が僕の趣味を人伝に聞いて、訪ねてきたんだ。 「恥ずかしい話なんだけど、僕、解説を聞くのが好きで何度も何度も同じような話を聞いているのにね。星座のことをちっとも覚えられないんだ」  その子は同じ趣味の僕と星の話をたくさん出来ると思って訪ねてきたのに、僕が「知っていて当然の基礎知識」すら知らないものだから。 ……星好きなのにこんなことも知らないの? 星が好き、なんて、そもそも嘘だったんじゃないの? 「って、がっかりさせちゃったみたいで」 『あらまぁ。自分の求めてるレベルじゃないから嘘つき呼ばわりなんて、失礼なコだったのね』 「失礼……かなぁ」 『通り魔みたいなものじゃない。勝手にやってきて勝手に暴言なんてね』  そんなのもう気にしない、気にしな~い、と鼻歌混じりで慰めてくる。このご機嫌な感じ、また鏡の向こうでワインでも嗜んでいるところなのかなぁ。 「でもねぇ、こんな感じのことがあったのは今日会った彼女に限らないんだよ。僕だって覚えたいって思ってるのにどうして出来ないんだろう……」  僕がプラネタリウムも星も好きだっていうのは事実なのに、人に話すと嘘つきって言われてしまう。それってなんだか悲しいよ。好きだ、ってことすら言ってはいけないみたいな気持ちになってしまいそう。 『好きなことがちゃんと覚えられるように、何か試してみたことはないの?』 「プラネタリウムに行って帰ってきたら、その日聞いた解説をすぐにノートに記録してるよ」  机に備え付けの本棚には何冊ものノートが並んでいて、最新の一冊以外は全てページがボクの書いた文字で埋まっている。 『ワタシとはノートの使い方が逆なのね』 「逆?」 『ワタシはね、ノートには、忘れたくないことを書くんじゃなくて、思い出したくなった時に書くの。書いてたら自然と思い出せるのよね』 「それで思い出せるっていうのはすごいけど、僕には同じコト、出来そうにないよ……」 『試させてあげよっか』 「えっ?」  すると、鏡の中からぽんっと飛び出してきた。新書本みたいなサイズの、ハードカバーのノート。おもて表紙は黒いツヤツヤしたゴム製で、中を開くと裏表紙はサラサラした赤い紙。
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