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 一度感じてしまった幸福感は、どんなに戒めたところで本物に育ってしまう。たとえ偽りの上に成り立っているだけの、妄想の産物でしかないとしても。偽物は偽物で、嘘は嘘でしかないことくらい、わかっているのに。 ――旭が俺に目を向けてくれるなんて夢みたいなことは、もう、嘘でだって起き得ない。  ふっと膝から力が抜け落ち、倒れるように近くの壁へもたれた。  一度も立ち止まることなく昇降口まで走り降りたせいで、肺も耳の奥も痛い。ひどく苦しいけれど、その痛みのおかげで、他の痛みを感じずにすんでいた。  人目につかないところまでふらつきながら移動し、壁沿いにずるずると座り込む。顔を両腕に(うず)めると、何度も深く息を吸い込んだ。  今度こそ、しばらく、そこから動くことができなかった。  呼吸を整えようとしているのか、気持ちを落ち着けようとしているのか。自分でもわからない。ただ肺が求めるままに、吸って吐いて。それだけを、ひたすらに繰り返した。 ――こんなに動揺したりして、バカみたいだ。  息が落ち着いてくるのに合わせて、自嘲めいた気持ちがあふれ出た。  歪んだ唇から、は、と小さな声が漏れる。けれど、その声が俺の耳に直接届くことはなかった。  甲高い、小さな音に飲み込まれたのだ。聞き慣れた、床とゴムの擦れる高い音。予感する前に、よく知る声が耳に降ってくる。
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