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「旭?」
「だからその顔やめろって! こえーんだよ! ……ほんと、べつに大したことじゃなくて……」
「うん」
「……その……。おまえの誕生日も、近かったから……」
「え?」
思わず聞き返すと、すっと顔を逸らされる。
「俺のため?」
「そ、それだけじゃねーけど! まじで金もなかったし! つーか暑いんだよ、炎天下じゃんここ!」
旭はワイシャツの胸元を掴んでぱたぱたと風を送り込む手振りをしながら、赤い顔を隠すようにそっぽを向いてしまう。それでも、もう、逃げ出しはしなかった。
俺の誕生日の日。どこへ行ってもやたらと支払いをしたがった旭を思い出す。やたらとぶっきらぼうなエスコートだったけれど、幸せな一日だった。そうしていま、また幸せをもらっている。
俺は教室に背を向け、窓枠に肘をついた。太陽が正面から当たるようになり、じりじりと肌を焦がすけれど、吹き抜ける風は気持ちよかった。
「ね、旭」
「ん?」
「夏休みになったら、またどこか行こう。旭は海が好きだから、今度は海にしようか」
「いいのか? 植物ぜんぜんないけど」
「いいよ。旭がいればいい。それに、俺にはこれがあるし」
スマホの画面をつけ、周りに不審がられない程度に旭へ肩を寄せた。待ち受けには、変わらず、ふたりの手と、よつばのライラックが表示されている。
これから何度でも、どこへでも一緒に出かけて。夏には夏の、冬には冬の、ふたりだけの「よつば」を収めて回るのもいいかもしれない。
「わ、日差しきっつ!」
振り返り、俺と同じように教室を背にした旭が言う。俺は、目の上にひさしを作っている旭の手を取って、その指先にそっとキスをした。
end.
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