1「スローライフを希望します」

1/3
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/48ページ

1「スローライフを希望します」

 人は死んだらどうなるのか?それに関しての答えは一つ、“死んでみないとわからない”、である。  極稀に、臨死体験をして戻ってきた人の証言を得ることがあったり、あるいは前世の記憶を取り戻した人がどうこう話をすることがあるが。果たしてそういう人達の話が本当かどうか、に関して証明する手段はまったくない。そういうことを思い出した、そういうものを見たと適当に話を捏造して言いふらす人もいるものだから、余計真偽は確かめようもないだろう。  もっと言うと。仮に真実であったとて、何もかも正確に覚えているとは限らないのだ。それこそ、幼少期の記憶を人が断片にしか覚えておらず、時にそこに意図せず捏造や脚色が加えられることもあるように。 「こんにちは、百瀬礼二(ももせれいじ)さん。とりあえず、こちらの書類にサインをお願いしますね」 「は、はあ……」  そして今。  ブラック企業でこき使われた挙句、四十二歳で死んだ百瀬礼二もまた、あの世と呼ばれる場所にいる人間の一人なのだった。  ただし、おとぎ話で語られるあの世と比べるとなんとも味気ない場所である。なんといっても、自分がいるのは何かのお役所のような場所で、自分はその受付窓口の前の椅子に座っているのだから。 「あの、ここ……あの世ってやつなんですよね?」  礼二が尋ねると、そうですよ、と受付の眼鏡をかけたおかっぱの女性は頷いた。 「現世で死んだ方の一部はですね、この窓口で転生の手続きをして、生まれ変わって頂くことになるんです。何で一部かというと、現世で莫大な功績を遺した人と、逆にとんでもない罪を犯した人は神様の御前で別の審判を受けることになるからですね。此処に来るのはまあ、そのどっちでもないフツーの方々というわけです」 「フツー……」 「先にお断りしておきますと、転生先の世界は皆さんで選ぶことができません。ただし、あまりにも過酷すぎる世界には、大きな罪を犯した魂が落ちることになりますから……百瀬さんのような方が行くのは、“ものすごい天国でもなければものすごい地獄でもないフツーの世界のどれか”ってことになりますね」 「あ、そうっすか……。俺がいた地球みたいな?」 「そうですね。百瀬さんがいらっしゃったコードナンバー86109842562684985-GHの世界と、治安や環境レベルは近いものになるかと思います」  世界ってそんなにいっぱいあるんだ、となんだか他人事のように思った。とりあえず、この時思ったことは一つだ。  まあブラック企業で、馬車馬のように働かされ、罵倒されて自己をすり潰された挙句に家の玄関で過労死する――ような世界でなければなんでもいい、と。 「あの」  世界は選べなくても、処遇は選ぶことができないだろうか。一応、言うだけ言ってみよう、と礼二は口を開いた。 「俺の世界では、異世界転生系のラノベとか大流行してるんですけど。……転生する時に、神様にチートスキルを貰えるっていうのがよくある話なんですよね。ここではそういうサービスはないんです?」
/48ページ

最初のコメントを投稿しよう!