1「スローライフを希望します」

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 無表情だった女性が、僅かに眉を寄せるのがわかった。ああ、馬鹿にされたかな、と思いきや。 「……時々、いるんですよね。臨死体験をして戻ってきた人や、あるいは前世の記憶を取り戻してしまう人が。基本的に、前の人生が現世に影響しないよう、魂の記憶処理は念入りに行うはずなんですが。そう言う方々が、此処でのやり取りや、神様の御前での話を現世に持ち込んで広めてしまうことがありまして」 「え、まさかチートスキルとか本当にあるんですか!?」 「前世で大きな善行を行った方は、非常に質の高い世界への転生が約束されるのみならず、その人生で大きなメリットを得られるよう神様から特別なギフトを与えて貰えることがあるんです。とても異性にもてる魅力であったり、絶世の美貌だったり、特別な絵の才能だったりとまちまちなんですが……それがチートスキルとして、貴方の世界ではやや歪曲して広まり、小説やアニメになってしまっているようですね」 「な、なるほど」  そう言われてみると、納得ではある。ただ普通に生きて死んだだけの会社員や、特に世間の役に立っていたわけでもない引きこもりがそうそう神様に都合の良いスキルを貰えるとは思えない。なるほど、実際は“過去の善行のご褒美”だったというのならうなずける話である。 「貴方は特に過去の世界で大きな功績を遺したわけではないので、ギフトが与えられるかどうかは抽選になります。一応、応募はしますか?」 「は、はい!」  抽選でスキルというのがなんとも微妙だが、挑戦権があるのならやってみたい。 「ぜ、ぜひ!自由なスローライフができるスキルが欲しいです!もう、社畜としてこき使われるような人生はこりごりなんで!植物を元気に育てられる力とか、美味しいトマトが作れる能力とか!」  ずっと、夢に見ていたのだ。大好きだったラノベ原作のアニメ。勇者を引退した男が、元魔王だった男と一緒に農家を営み、そこで収穫できた野菜を使って大きなレストランを作るという話。自分もあんあ風に穏やかで、かつ誰かの役に立てるような仕事ができればいい。次の人生とやらがあるのなら、今度こそ人の目に怯えず、時間に追われない田舎での生活がしてみたいと。 「……ご希望を承りました。あ」  手元で端末を操作していた女性は、小さく声を上げた。 「おめでとうございます、百瀬様。ギフトが当選いたしました。ただ」 「ただ?」 「百瀬様が転生される世界は既に決定しております。コードナンバー89165267561536541-FCにて、レオ・スペンサーという男性に転生して頂きます。本当に、欲しいギフトは先ほどの希望に沿うものでよろしいのですね?」 「もちろん!スローライフがしたいんです、俺は」 「そうですか」  彼女は少しばかり同情するような眼で、礼二を見たのだった。 「でしたら……貴方の能力をあの世界で生かすのは、なかなか大変かもしれません。それでもよければ、次の人生も頑張ってくださいませ」
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