1「スローライフを希望します」

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 ***  繰り返すが。  前世の記憶なるものを、基本的に人は思い出すことがないという。  ただし、ごくごく稀に思い出してしまうケースがあるのは事実だと受付の女性も言っていた。神様の行う記憶処理とやらがポンコツなのか、あるいはそういう薬?能力?に耐性がある人間がいるからなのか。  確かなことは一つ。  十歳のレオ・スペンサーは。登っていた木からうっかり滑り落ちた拍子に前世の自分と、あの世でのお役所のやり取りを思い出してしまったということである。  前世の何もかもを思い出したわけではないが、一部でも充分だった。感想は一言、“マジかよ俺”である。 ――ぜ、前世の記憶が戻るなんて。そんなことあるんだ。  そして、水色と黄色のグラデーションのようになった空を見上げて理解したのである。何故、受付の女性が“貴方のギフトを来世で生かすのは大変かもしれない”なんて言ったのかを。  百瀬礼二改め、レオ・スペンサーが貰ったのは“どんな植物でも芽吹かせることができ、丈夫に育てて実らせることができる”という、農業におけるチートとも言えるスキルである。  問題は、今のこの世界に、天然の植物がまったくといっていいほど存在しないということなのだが。  令和の時代より、はるか未来の地球ともいうべき未来都市――ルハナンドシティ。  そこが今、レオが生きる世界である。  この世界は、かつて世界戦争が起きて一度滅び、蘇った世界だった。人々は汚染された世界を地下のシェルターでやり過ごすことによって生き延び、地上の汚染度が下がると同時に地下から出てきて破壊され尽くした大地に新たな文明を築いたのである。  ただし、この世界には大きな問題があった。天然の植物が、一切育たなくなってしまったことである。  今、レオが友達と遊んでいて登ったのも、プラスチックでできた偽物の植物だった。  技術が発展し、人々は偽物の植物を作ることで見た目だけは大昔の地球を再現することに成功した。ただし、食事はすべて科学的に作られたものばかり。前世にあったような、天然のトマトやイチゴ、白菜やネギのような食べ物は口に出来なくなって久しいのである。  大昔のような植物を復活させること。それが、今の世界の住人達の悲願でもあるのだ――というのは、レオはつい昨日学校の社会の授業でやったばかりの範囲だ。 「まじかよお……」  せっかくギフトを授かったのに。植物の種がなければ、自分のスキルはまったく意味がない。呆然と倒れたまま空を見つめるレオのところに、一緒に遊んでいた友達のルークが駆け寄ってきたのだった。 「おい、レオ!どうしたんだ、怪我したのか!?」 「ああ、いや、その……」  だからといって、諦めることなどできるはずがない。  前世と、貰ったスキルを思い出してしまった以上。自分はなんとしてでもこの世界で農業をして、まったりと幸せな生活を送りたいのだ。どれほど、それに至るハードルが高かったとしても。 「あのさ、ルーク」  ゆえに、レオは体を起こしながら、親友に尋ねたのだった。 「今のこの世界で、植物の種を手に入れる方法って……どうするんだっけ」
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