第六章 冬の夜

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「花火の時、告白したつもりだったんだけど」    樹の自転車の荷台に乗せてもらって帰った。樹のお腹に腕を回して、しっかりとしがみつく。   「タイミングが最悪でさ。ちゃんと聞こえてたかどうか、自信なくて」 「……聞こえてた」 「そうだったんだ」 「でも俺も、お前が本当にそう言ったのか、自信なくて。聞き間違いだったらどうしようって」 「うん、そうだよね」    小気味よくペダルが回る。車輪がくるくる回る。まるで鳥が空を飛ぶみたいに、自転車は夜を軽やかに滑っていく。   「花火がやんだ後に、もう一回告白し直せばよかったのに、急に怖くなっちゃったんだ。もしかしたら、そういう風に言葉にしない方がいいんじゃないかって。はっきりさせない方が、お互いのためなのかもしれないって……。……でも、やっぱり好きだから。悠ちゃんのこと、ずっとずっと、大好きだったからさ」 「……うん」    今晩の街灯は一際明るい。暖かい色で光って、闇をも包み込んでくれる。電柱の足元に一輪の花が咲いている。民家の塀を白猫が散歩する。樹の優しい声が胸に沁みて、身を切るような北風も今は不思議と寒くない。指先も、足のつま先まで、発熱しているみたいにぽかぽか暖かい。世界はこんなにも美しいのに、俺はずっと気付けずにいたんだ。   「今日ね、告白されてみて分かったんだ。オレも、もう一回勇気を出そうって。あの子ね、本当に真っ直ぐだったんだよ。だからオレも、彼女には悪いけどね、オレももう一回、ちゃんと気持ちを伝えてみようって。フラれたらフラれたでしょうがないけど、自分の気持ちにだけはきちんとケリを付けようって。悠ちゃんに知られないまま、死ぬまでずっとこのままなんて、辛いからね」    樹の背中に、そっと頬をのせる。樹がそわそわしてこちらを振り向こうとするので、「前見て運転しろ」と俺は言った。樹の背中はカイロよりもあったかくて、心臓の音は打上花火よりもうるさかった。      帰って、祖母に叱られた。一応、補習が入ったので遅くなると連絡を入れておいたが、樹のせいであっさり嘘とバレたらしい。「補習があるとして、こんな時間までやるわけないじゃないか」とのことだが、全くその通りだ。祖母がビーフシチューを温め直してくれ、予定よりも随分遅くなったけど、クリスマスパーティーを始めた。    樹が買ってきたのはベーシックなイチゴのショートケーキで、雪のような生クリームにサンタクロースの砂糖菓子がちょこんと載っていた。頭は俺にくれ、体は樹が食べた。もったいないけど、生首のまま放置するのも悪い気がして、早めに食べた。    パーティーが終わっても、樹はしばらく帰らなかった。いや、俺が帰さなかったのかもしれない。茶の間の炬燵で隣に座って、でもぴったりくっつくことはできなくて、拳一つ分の距離がもどかしい。テレビ画面に流れるクリスマスの定番映画はもう終盤だ。   「ばぁちゃんはもう寝るよ」    いつの間にか風呂を上がった祖母が言う。   「う、うん。おやすみ」 「悠ちゃんも早く入っちゃいなさい。タッちゃんも、そろそろお帰り」 「はーい」 「……あ、あのさ、ばぁちゃん。俺、今夜……」    今、言わないと。祖母が寝てしまってからでは手遅れだ。樹がしてくれたみたいに、俺も勇気を振り絞る。それでも声は情けなく震える。   「こ、こいつン家、泊まってもいい?」    祖母が頷くよりも早く、樹が目を見開いた。   「ホントに!? いいの!?」 「べ、別に、普通のことだろ。昔だって……」    外泊は認められた。禁止されるはずもなかった。昔だって、互いの家をよく行き来していたのだし。
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