第六章 冬の夜

5/8
前へ
/26ページ
次へ
 てっきり風呂場で最後までするものと思っていたけど、「やっぱり初めてはベッドがいいよね」なんて言って、樹はそそくさと風呂を上がった。俺は、何か重要な儀式に臨む前のような心境になり、耳の裏から足の指の間までを念入りに清めた。    貸してもらった部屋着は樹が着ているのと色違いで、袖も裾もウエストも余る。手で押さえていないとずり落ちてしまって、階段を上るのも一苦労だったけど、樹の匂いが繊維の一本一本まで染み付いていて、一呼吸ごとに窒息してしまいそうで、それが最高に嬉しかった。    照明を落とした仄暗い部屋で、樹は待っていた。「おいで」という声に誘われるように、俺はベッドに腰掛けた。優しく抱き寄せられて、そっとベッドに押し倒される。シーツも枕も毛布も布団も全部が樹の匂いで満ちていて、目が回りそう。湯上りの肌が汗ばむ。   「悠ちゃん。好きだよ」 「おれも……好き……」    そうやってわざわざ言葉にするところなど、やっぱり神聖な儀式みたいだ。恋人になって初めての夜っていうのは、こんなにもロマンチックなものなのか。    啄むようなキスで、意識が蕩けていく。蜂蜜よりも甘くて、俺の唇はきっともう原形を留めていない。髪を撫でてもらえるのが嬉しい。耳や首筋も撫でてくれる。撫でながら、チュッと軽いキスを落としてくれる。その感触がくすぐったいような気持ちいいような。やっぱり気持ちいい。心が解けていく。   「……あっ……」    樹とおそろいのスウェットを、胸までたくし上げられた。   「ぬ、脱ぐのか……?」 「寒い?」 「ううん、暑い」 「じゃあ」 「でもこれ、お前の匂いするから……」    襟元の布地を引っ張って口と鼻を覆い、深呼吸をする。恍惚とする、っていうのはきっとこういうことなんだろうな。俺も一つ大人になった。   「悠、ちゃん……」    樹は低い声で唸る。怒らせたか、と思ったけど、ただ服を引ん剥かれただけだった。樹は息を荒くして、剥き出しになった俺の胸に舌を這わせた。   「きゃ……!?」 「悠ちゃん……そういうのは、もっと後になってからでいいんだぜ」 「な、にが……ひぁっ」    右の乳首に吸い付かれ、左の乳首を手で弄られる。樹のやつ、赤ちゃん返りしてしまったのか。熱心に吸ったところで、母乳は出ないっていうのに。   「やっ、は、やめ……」 「ん、おいしい」 「な、わけ……あぁっ」    何も出るわけないのに、何か出そうなくらいびんびんに張り詰めている。舌にのせて転がされると、まるで飴玉になったような心地がする。べろべろ舐められればべっ甲飴に、甘噛みされればマシュマロに、優しく吸われるとチョコレートに。きつく吸い上げられると、まるで本物の女の乳首になってしまったように錯覚する。尖端から何か噴き出しそう。   「んンっ……ふっ、ぅ、ぅう……っ」    一頻り舐め終えると、今度は左右交代だ。唾液でぬるぬるになった乳首を指でも苛められる。軽く引っ張るように摘ままれて、くりくりと転がすように捻じられて、頂の小さな穴の中まで爪の先で引っ掻かれる。そうしながら、左の乳首も尖らせた舌先で突つき回される。    一番敏感な先っちょだけを口に含み、器用に舌先だけを使ってちろちろ舐められる。おかしなくらい気持ちいい。乳首だけで腰がガクガクしてる。こんな感覚初めてで、少し怖い。俺の乳首、壊れちゃったのかな。いつの間に、こんなに感じる場所になっていたんだろう。樹に弄くられていたせい?   「あっ、んゃ、だめ、もうっ……!」    何か出る、と思ったけど、何も出なかった。樹の舌と俺の乳首を繋ぐように唾液が糸を引いていて、その様があんまりいやらしいので、見ていられなかった。   「あ、は、あぁ……」 「……すごくエッチだね」    樹はうっとりと呟く。見れば、股間がテントを張っていた。窮屈そうに、布を突き破らん勢いで押し上げている。思わず手が伸びていた。ピク、と震えるのが布越しにも分かる。そうかそうか、触られて嬉しいか。   「ちょ、悠ちゃん……?」 「ん……おれもしたい……」    服の上から揉んでやると、樹は慌てて腰を引いた。   「なんっ、えっ、なっ……??」 「だめか……?」 「いや、えと、……だめじゃない、です」    樹は、目を白黒させながらもスウェットを脱いだ。何をそんなに戸惑っているのか。別に初めてでもないのに。    樹の脚の間に正座して、下着を脱がしてやった。ぶるん、と勢いよく飛び出したそれに、ぺちん、と頬を叩かれる。ぬるついた感触があった。   「ごっ、ごめん」 「ん……」    屹立した竿を指で摘まんで上下に扱く。張り詰め過ぎて血管が浮き出て、ドクドクと脈打っている。でもその浮き出た血管はぷにぷにと柔らかい。亀頭は真っ赤に充血していて、お腹を空かせた犬みたいに涎をだらだら垂らしている。ちょん、と突ついてみるとぬるぬるしたのが指先に付いて、糸を引いた。においは石鹸の清潔な香りだ。   「ちょっと、そんなに観察しないで……」 「だって、なんかエロいから」 「エっ……」    ピクピク震えて、なんだかかわいくもある。樹のこれは俺のと比べて大分大きいけど、挙動は子犬みたいだ。樹自身もいつもの余裕を失っているし、少し優位に立ったようで気分がいい。    わざと見せつけるように舌を出して、ちろ、と亀頭に這わせる。色と形がアイスクリームに似ていないこともないから、そのつもりで舐める。味はちょっとしょっぱい。   「ン、ふ……」 「悠李……」    くしゃ、と頭を撫でられる。短い髪に指を絡めて。それがすごく気持ちいい。視線を上げると、目が合った。樹は、興奮を隠しもせずに俺を見つめていた。   「ちゃんと咥えて」    言われるまま、入るところまで口に収めた。顎が痛い。   「舐めて」 「ん、ンむ……」    舌を擦り付けるようにして舐めた。裏筋とカリ首をなぞると樹の腰が動いて、喉を突かれそうになる。突かれると痛いし苦しいって分かってるのに、その瀬戸際を責められるのがスリリングで堪らなくて、一生懸命奉仕した。石鹸の匂いに隠されているけど、奥の方に確かに樹の匂いを感じる。   「なんで急にしてくれる気になったんだい? 嬉しいけどさ」    別に急じゃない。初めてでもないし。   「オレが頼めばしてくれたけど、自分からしたことなんてなかったよね。嫌いなのかと思ってた」 「んなの……」    滾々と粘液の湧き出す鈴口を、舌先でくりくりとほじくる。   「好きだからだろ」    ドクン、と一際大きく脈打った。何だろう、なんて考えている暇はない。口の中に、青臭くて苦いねばねばがぶち撒けられた。   「んぶっ……」    石鹸に邪魔されない、一から百まで樹の味だ。樹の匂いだ。濃厚な雄の匂いだ。ベロが、喉が、火傷する。鼻の粘膜が焼き切れる。脳に直接触れられてるみたいで苦しいのに、天にも昇る心地がする。   「っ、ご、ごめんっ! 出していいから、ほら」    樹が俺の口元に手を差し出した。そこに吐けってことか。だけど、俺はそれを飲み込んだ。舌や喉に絡んで飲みにくかったけど、ごくん、と喉を鳴らして飲んだ。全部飲み干したことを樹に確認してもらいたくて、ぱっくりと口を開けた。   「へへ、飲んじゃった」 「……――ッ」    舌打ちが聞こえた気がした。いよいよ怒らせたか。飲まれたくなかったんだろうか。確かに今まで飲んだことはなかったけど、今日はそういう気分だったんだから仕方ないだろう。樹だって俺のをよく飲むくせに……    でも、樹は怒っているのではないようだった。ちょっとばかり乱暴に俺の手首を掴み、ベッドに押さえ付けて貪るように舌を捻じ込んだ。やっぱり怒っているのかな。余裕がないだけ?   「もうっ……オレがこんなに、我慢しようとしてるのに……!」 「がまん……?」 「初めてなんだから優しくしないとって……なのに、悠李が煽るから……」 「ふぁ、……」 「最初っからずっとそうだ……! オレが悠ちゃんをどれだけ好きか、悠ちゃんは分かってない……!」    我慢なんてしなくていいのに。好きだと言ってくれさえすれば、俺は何だってするし、何をされたっていいんだ。貪るようなキスだって、お前がしてくれるのなら大好きだ。両手を押さえ付けられ、上から圧し掛かられ、自由を奪われて、溺れそうなくらい唾液を浴びせられて、支配されているみたいで苦しくて、なのにすごく幸せだ。身も心も全てを投げ打ってお前に征服されたいと、心から願う。   「いい、よ……」    好きなら好きなだけ、愛してるなら愛してるだけ、その証を刻み込んでほしい。今夜のことを一生忘れられなくなるくらい強烈に。熱烈に。   「お前の好きにされたい……」
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

176人が本棚に入れています
本棚に追加