第六章 冬の夜

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 下着ごとまとめてズボンを下ろされた。肌を隠してくれるものは何もない。生まれたままの姿を晒す。でも恥ずかしいなんて思わない。もっと見て、触って、感じてほしい。……やっぱりちょっとは恥ずかしい。   「ん……た、たつき……」    それに、ちょっとだけ怖い。何をするのか、本当はよく分かっていないんだ。   「大丈夫だからね」    膝裏を持たれて、股を大きく開かされる。そんなことをしたら、恥ずかしいところが丸見えになってしまう。   「ひゃっ」 「冷たかった?」 「う、ううん……いいよ」    尻に何かぬるぬるしたものを塗りたくられる。これは何だろう。ベビーオイルか? いや、たぶん、ローションとか呼ばれるものだ。   「オレ、悠ちゃんとしたくて、一人でこんなもの準備してたんだぜ。いつ使えるかも分からないのに」 「いま、使えてるだろ」 「うん。無駄にならなくてよかった」    尻の肉をぐにぐに揉まれ、尻の谷間をぬるぬる撫でられ、さらに一番険しい渓谷まで指が這入り込もうとする。いくら進んだって、その先はどうせ行き止まりなのに。   「……ンぁっ!?」    うそ。行き止まりじゃなかった。普段人の目に触れることなどない、口にするのも憚られる秘かな割れ目に、つぷん、と指先が沈められた。初めて覚える得も言われぬ感覚に、腰が浮く。   「あッ……? やっ、ァ、なっ、……?」 「すごい、これが……」    樹の声が上擦っている。こいつ、俺の尻に指を突っ込んで興奮しているのか。そう思うと、つられて俺も息が上がる。尻に指を突っ込まれて興奮しているなんて、紛うことなき変態だ。    こんなことがあり得ていいのか? なんて不思議に思いながらも、俺の体は樹の指を敏感に感じ取る。長くてしなやかで、それでいて男らしく節くれ立った指。つぷつぷと出し入れされて、入口が開いたり閉じたりする。春が来て蕾が綻びるのと同じように、俺の体も自然と解けて樹を受け入れる準備をしている。    ローションをたっぷり纏った指を突き立てられ、ゆっくりと掻き回された。瓶の底に残ったジャムをこそぎ取るような手付きで、優しくて丁寧なのに力強くて、樹の指の動きに合わせて腰がくねる。乾く前にローションを足されて、中も外もぬるぬるする。湿った音がいやらしい。   「痛くない?」 「へいき……」 「指増やすね」    指って増やすものなのか!? そんな素朴な驚きと疑問も、己の喘ぎに呑み込まれてしまう。   「ひっ、ぅ……」 「痛い?」 「ちが……」    痛くない。苦しくもない。ただ切なさが募るだけ。尻に指を入れられているっていうのに、おかしな話だ。体の芯が疼いてどうしようもない。俺のこの切なさを埋められるのは、きっと世界にただ一人だけ。   「っ、もう……ほしい……っ」    絞り出す声が震える。   「きて」    樹は、大きな喉仏を大きく上下させて、勢いよく服を脱ぎ捨てた。薄暗い中でもよく分かる立派な体躯に惚れ惚れする。同じ男なのに、どうしてこうも違うんだろう。樹は他の誰とも違う。他の誰よりも強くて優しくて、いつだって俺のことを見ていてくれた。小さい頃から、ずっと。    本当は気が付いていた。こいつの言う、愛情ってやつに。だけど知らないふりをした。失うのが怖かった。最初から持っていなければ、永遠に失うこともないと思っていた。でもそれは、失うよりももっと虚しいことだって、こいつが気付かせてくれた。    今なら、また信じられる気がする。もしもお前が、いつかまた俺の元を去るとしても、その時まではずっとそばにいてくれるって。だからもう怖くない。逃げる必要なんてないんだ。自分の気持ちからも、お前の気持ちからも。   「んぁ゛、ァは、はいって、く……っ!」 「息、吸って」 「ンむ、むり、ぃ゛っ」    両脚を抱えられ、股の間に樹がいて、そうして、散々解されてローションまみれになった尻の割れ目に、剛直が沈められる。敏感な肉を裂かれる痛みと、それを補って余りあるほどの甘い痺れが全身を駆ける。空白を埋められる快楽とは、これほどのものなのか。   「ンっ……あァ゛っ!?」    ようやく根元まで埋まって、とん、と体が浮いたその瞬間。それまでの甘い痺れとは一線を画す鋭い電撃が体を貫いた。目の前が真っ白になって、体がふわっと軽くなり、宙に浮くみたい。何が起きたのか、頭ではしばらく理解できないでいたけど、体はしっかりと理解していた。挿入された衝撃で、イッてしまったのだ。   「やば、締まる……っ」 「あっ、ア、やだ、おれっ……っ」 「あは、かわいい、悠李」 「ん゛っ……」 「っ、また締まった、すごいね」    指なんかとは比べ物にならない、圧倒的な質量だ。ついさっき、アイスクリームみたいだなんて言って舐めていた赤黒いアレが、今、俺の肚の中にすっかり収まってるんだ。うそ、あり得ない。だって、入るわけない。でも、入ってる。確かに肚の中にある。無意識に締め付けると、その大きさや硬さがはっきりと伝わってくる。本当に、挿入ってる……   「ちょっ……そんなに締めないで」 「ちが……だって、かってに……」 「ッ、もう、動くよ? いい?」    こちらを気遣うようなことを言いながら、樹はもう耐えられないとばかりに腰を揺すった。俺の中で、樹の棍棒がゆっくりと行ったり来たりする。   「あっ、はぁっ、すご、気持ちい……」    余裕なさげに呟くその声はあまりに艶っぽい。求められているのを感じて、俺も体が熱くなった。   「あっ、ア、たつき、たつき」 「悠李……」    痛くなるくらい股を開いて、樹を深く受け入れる。強く抱きしめられて、火照った肌が密着する。キスで唇を塞がれて、だんだん突き上げが激しくなる。最後の一突きで、樹は大きく体を震わせた。喘ぐ息が前髪を揺らす。   「ごめ……オレだけ……」 「……もう、おわり……?」 「悠ちゃんがいいなら、まだ……」    まだすると言ったくせに、それは呆気なく抜き去られた。孤独を埋めていた質量が嘘みたいに消えてしまい、切なさに疼く。   「なぁ、はやく……」 「ちょっと待って、今ゴムを」 「――まてない」    今度は俺が、樹を押し倒した。樹は慌ててベッドヘッドに手を伸ばすが、一歩届かない。下腹部に跨って腰を落とせば、力強く天を指す肉塊が俺の中にめり込んでくる。さっきよりもずっと熱い。まるで、焼けた鉄を押し当てられているみたいだ。内臓から火傷する。   「んン゛っ、く、きたぁ……♡」 「ちょっ――まっ、だめだって、ゴムが……!」 「いい、からっ……ぁ、きもち……ッ」    ビリビリと腰が痺れる。脳髄が蕩ける。こんな快楽がこの世に存在していいのか。許されるのか。頭がバカになりそうだ。   「あッ、アぁあっ……!」    樹のに突き出されるように、俺の前からとろとろと白いのが溢れる。力なく、ただ溢れ出すだけだ。その様を、樹にじっと見られている。榛色の双眸が、俺の痴態を捉えている。恥ずかしい。でも、気持ちいい。   「やっ、ァ、みないでぇ……っ」 「無理だよ、だってこんな……エッチすぎる……」    するりと腰を撫でられる。その程度のことが甘い刺激になって、腰がビクビクしてしまう。まるで自分の体じゃないみたいだ。釣り上げられた魚みたいに跳ねている。   「え、えっちすぎる……」    体に力が入らず、とてもじゃないけど姿勢を保っていられない。俺は樹の胸に倒れ込んだ。広くて温かくて、安心する匂いで満ちている。匂いを辿り、髪を一房口に含んだ。シトラス風味だ。リンスの香りなのか、元々の樹の体臭なのか、よく分からない。唾液に濡れると俺のにおいとも混ざって、ますます訳が分からなくなる。   「ん、はぁ……♡」 「おいしい?」 「ん……」 「……動いてくれないの?」    樹が子供みたいに甘えるから堪らなくなって、俺は拙いながらも腰を動かした。フラフープを回すみたいに腰を振って、でも膝立ちはできないから樹にしがみついたままで。最初はうまくできなかったけど、だんだんコツを掴めてきた。樹が気持ちよさそうに目を瞑って息を切らしている。俺も気持ちいい。    俺が腰を回すのに合わせて、ぬぷぬぷと音が鳴る。性に奔放すぎやしないか、淫らすぎると呆れられてやしないかと、ちょっとだけ不安になる。だけど腰は止まらない。気分はロデオのジョッキーだ。   「悠李、悠ちゃ……すごっ、気持ちい、けど……」 「ぅんっ、ンっ、おれもぉ……っ」 「でもっ、あっ、もっ、出ちゃう、からっ」 「んぅ、ん、おれも、でそぉ……っ」 「一旦、抜いて……っ、ナカ、出しちゃうから……っ」 「なかぁ……? なか、いいよっ、だしてぇっ……」 「いッ、いいの? ナカ……」 「うんっ、んッ、きて、たつきぃ……♡」    一番深いところで、樹の熱が弾けた。俺の脳内でも、何かが弾けた。真っ白にスパークして、何も見えないし聞こえない。ああ、でも、遠くに何か聞こえる。意味を成さない母音の集合体だ。もしかして俺の声? うそ、俺の声って、あんななの? 砂糖みたいに甘ったるくて、媚びるみたいにいやらしくて、これじゃあまるで……   「……ちゃん、悠ちゃん」    樹の声にはっとした。今、少し飛んでたかもしれない。口の中にはじんわりとぬるい血の味が広がる。   「噛み癖、なかなか治らないね」 「んぁ……ごめ……」 「いいけど」    思い切り舌を引っ張られた。口を閉じられないまま、樹の舌が這入ってくる。にじり寄るようにゆっくりと舌を舐られ、付け根をくすぐられ、上顎をねっとりと舐められる。血の混じった唾液が垂れる。樹の口の中に。ごく、と樹の喉が鳴る。飲まれちゃった。俺の涎。樹に飲まれちゃった。   「でも、たまにはちゃんと躾けた方がいいのかな」    樹の目、今までに見たことのない色をしている。まるで、真夜中に光る獣の眼のようだった。
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