ようこそ、珠津村へ

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 目的地の珠津村に到着して早々、魚塚は写真を手にしながら村を軽く散策する。  海から吹いてくる潮風は全身を撫でまわし、レザーで固めた姿にも関わらずどこか心地良さを感じられた。だが村そのものは廃村とまでいかなくとも全体的に廃れており、人の多い都会で暮らし慣れた魚塚からすれば人がとても少なく感じ取れた。遠く離れた海上には漁船がちらほら見受けられるも、そのどれもが稼ぐための大きな漁船というより村人がその日の食料を得るために動かしている個人用の小さな舟だった。事前に珠津村について調べた時は「新鮮な魚介で~」と書かれているのを読んだが、観光はもちろん漁業を生業にしている漁村ではないことは肌で感じ取れていた。  野良猫と海鳥しかいないような浜辺を歩き続けても何か情報を得るなんてことはできない。魚塚は浜辺を早々と切り上げて、ボロ建屋が目立つ村でも比較的内陸側へと方向転換していった。  潮と錆の香りが漂いまるで時代に取り残されたような村の様子に、都会生まれ都会育ちにも関わらず魚塚はノスタルジーを覚えていた。例え経験したことなくとも、人間の遺伝子には懐かしさを覚えるように情報が組み込まれているのかもしれない。仕事とは関係ない、らしくないことを考えては、魚塚は自分に対して小さくフッと鼻で笑った。  人口密度が圧倒的に低い村を宛先もなくふらついていれば、ようやく第一村人を発見。腰を曲げた、いかにも田舎にいそうなご老人だった。魚塚はシワにならない程度に写真を握りしめて、貴重な村人に駆け寄っては早速話しかけた。 「いやあ……見たことないなぁ」  警戒されないように微笑みながら当たり障りのない言葉を一言二言交わして写真を見せるも、有力な情報は返ってこなかった。 「そうですか、ご協力ありがとうございます」  しかし聞き込み調査自体はまだ始まったばかり。魚塚は特に落ち込む様子を見せることもなく、笑みを携えてご老人を見送った。 「……まっ、調査の初段階はこんなもんよね」  魚塚はめげずに聞き込み調査を続ける。  ――しかし調査は難航した。  元々人口が少なく、規模も面積も小さい珠津村。人間よりも野良猫と出会すことが圧倒的に多く、村を何周もする頃には魚塚のスマホは軽い野良猫図鑑になっていた。仕事とは全く関係ない画像たちに「私は何をしているんだ」と頭を抱える。  しかしそんな野良猫だらけの村でも、人に出会うことももちろんある。魚塚はそんな貴重なチャンスを見逃すこともなく、例え遠く離れていても人影を見つけては猛ダッシュした。だが結果は惨敗。 「見たことないなあ」 「そもそも若い子自体この村にいないしなあ」 「ここ数年だが、時たま君みたいな若い子が来たりもするけど……顔までは覚えてないなあ」  などなど、返ってくる言葉はどれも情報が詰まっていない。調査あるあるだし、ましてや二年前の話。そこまで時が経っていれば忘れられていて当然だしこの程度で落胆するのは甚だおかしいのだが、魚塚には小さい村だからと舐めきって徒歩で調べていた罰が今頃降り注いでいた。要は疲労が溜まってきたのだ。東京からバイクで走ってきた疲労も合わさったことで、魚塚自身の集中力も途切れつつある。何だかんだ汗もかいているし、喉の渇きも覚えていたので魚塚はとにかく休憩を取ろうと、ちょうど近くにあったお店へと足を踏み入れた。  カランカランと喫茶店を連想させるような入店音と共に店内へと踏み入れれば、エアコンの冷えた風が魚塚を包み込む。潮風とはまた違うヒンヤリとした人工風に魚塚は一種の安心感を覚えた。  個人経営のお店のようで、レジで店番をしていた店主と思わしきご老人が「いらっしゃい」と優しく出迎える。店主は見た感じ高齢というには若いが、還暦は確実に迎えているだろうなという印象を受ける。  とにかく喉を潤したい魚塚は簡単に店内を見渡し、目当てのものを見つけてはそそくさとそちらへ向かった。運よく一台だけ置かれていた冷蔵ショーケースを開け、キンキンに冷え切ったペットボトル飲料を取り出してレジへ向かうも、そこでようやく店内の様子に気づいたのだった。小さな個人経営の土産屋と思わしき店なのだが、定番の土産物が圧倒的に少ない。キーホルダーや文具、大量生産で作られているような代り映えの無い菓子などが積まれていそうな棚にはとにかく勾玉のアクセサリーが並べられていた。定番土産物の量を一とするならば、勾玉が九と割合がおかしいのだ。店の片隅に追いやられている土産用の菓子がなければ、土産屋と気づかずにパワーストーンの店だと勘違いしそうなレベルである。 「(そういえば勾玉がごく一部で有名なんだっけ……)」  店内に陳列されている色とりどりの勾玉たちに目を取られながらペットボトル飲料の会計を済ます。魚塚の頭の中では数日前石橋夫婦(正確には娘の彩音)が言っていた言葉がリフレインしていた。  彼女のそのあからさまに泳いでいる視線にレジの店主は話しかけてきた。 「お姉さんも勾玉が目当てかね? 」 「いえ、そう言うわけでは……ああ、そうだそうだ」  財布と入れ替わるように、鞄から彩音の写真を取り出す。 「この女性に見覚えはないですか? 」  魚塚から写真を受け取った店主は、老眼のせいか写真を前後に動かしてピントを合わせる。一定の距離を保った上で目を細めたり眼鏡の位置を調整するなどして確認すれば、何かピンと来るものがあったのか一瞬で目の周りの筋肉が緩んだ。 「ああ、この人ね。何となく覚えているよ。何年前のことだったかなぁ……」  ようやく待ち望んでいた言葉が聞けて、魚塚は身を乗り出しそうになるのを必死に押さえつける。少しでも店主の記憶を引きずり出そうと、きっかけとなりそうなヒントを与えた。 「二年前のはずですが」 「あんれま、もうそんな前だったかぁ」  思っていた以上に時が経っており、素直に驚く店主。魚塚も「随分と記憶力の良いご老人だなあ」と内心驚きながらも感心していた。  店主は写真を魚塚に返しながら「そうだねぇ……」と頑張って記憶を掘り起こしてくれた。 「その人は他の客と少し違ったから、何となく記憶に残ったのかもしれないなぁ」 「と言いますと? 」 「商品の勾玉を前にして何時間も悩んでいたんだよ。あそこまで熱心に選ぶ客はそうそういないさ」  せいぜい長くても十五分とかだからねぇ、と零す店主に魚塚は納得するしかなった。それだけ長居していれば誰でも記憶に残るだろう。店主のどことなく間延びした話し方に釣られて魚塚も「そうですよねぇ」と脱力しきった返しをする。 「……あ、」  ふと気になったことができた魚塚は、店主に当てられて緩んでいた顔を再び引き締める。店主も彼女の様子に話を聞く体勢を取ってくれた。 「気になっていたんですが、どうしてこんなに勾玉が多いんですか? 」 「ああ、それはね。勾玉はこの村のお守りだからだよ」 「お守り? と言いますと? 」  魚塚の疑問に、優しい店主は答えてくれた。  店主の話によると、この村にとって勾玉は大事な海のお守りとのこと。勾玉には身代わりになってくれる力があると昔から信じられており、海で溺れそうになっても勾玉が身代わりになって助けてくれるのだという。そのため、この村で暮らす人は全員何かしらの勾玉を常に身に着けているのだと言って、店主は服の下に隠していた勾玉の首飾りを見せてくれた。特にこれと言って特徴的な要素は無く、ごく普通の青色の勾玉だった。 「……何か特殊な石を使っているとかあるんですか? 」 「いいんや? 店にあるのはそこら辺に落ちている綺麗な石をそれっぽく加工しているだけだねぇ。一応お祓いらしきことはするけど」 「じゃあ実際に溺死した人とかは……」 「ま、溺れる時は溺れるさ」  店主のあっけらかんとした態度に魚塚は必死に笑顔を貼り付けながら、内心「ただの迷信じゃないか! 」と叫ぶ。しかしそんな魚塚の心の内を読んだのか、店主は「でもお守りと言われているものがあるとどこか安心するだろ? 」と言い訳した。確かに自分も昔受験など大きな人生の分岐点の時だけ神やお守りに頼っていたな……と思い出した魚塚は何も言い返せずにいた。結局は気の持ちようなのである。 「しかし何でそんな迷し……失礼、勾玉をこうして売るようになったんですか? 」 「いつからだったかなぁ……急に若い子たちが村に来ては勾玉を売ってくれと言いだしてねぇ。何だっけ? 神が宿っているとか何だとか言ってねぇ。どうしてそう広まったのかはてんで知らんけど、それまでは観光客すらも来ないような廃れた漁村だったから、こりゃあいい儲けになるぞってことで村を挙げて勾玉を売るようにしたんだよ。今じゃあ一応これも村の工芸品にはなってるからねぇ。一時期と比べりゃ買う人も減ったけど、それでもまだ買いに来てくれる人はいるから、ある意味神様っちゃぁ神様かもなぁ」  話を一通り聞き終えた魚塚は店主にお礼を言って、購入したペットボトル飲料を持って店を後にした。
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