変わり果てた海

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変わり果てた海

 哀愁漂うカラスの鳴き声が、朝日が昇ると小鳥の可愛らしい囀りへと変わる。  魚塚は起きると見覚えの無い天井が飛び込んでくるというベタな体験をした。  それもそうだろう、彼女は珠津村の民宿に一晩泊ったのだから。その事実を思い出すのに魚塚の起きたてのポケポケな頭では少しラグが生じたものの、記憶喪失というわけでもないのですぐに思い出せた。だが、こんなベタな反応をしてしまったことに彼女は自身に向けて思わず鼻で笑ってしまった。  「今日も調査か……」と憂鬱になりそうな心境を、激しい音を立てながら両頬を叩くことで打ち消す。気合注入したことで起き上がり、朝に片付けなければならない身支度と食事を一気に終わらせる。もちろん、朝食も村自慢の新鮮な海鮮だったため、軽食レベルでも十分満足のいくものだったのは言うまでもない。  さて今日も調査頑張るぞ、と宿を出てすぐググっと体を伸ばす。しかし隣に見覚えのある男が。魚塚の伸びは中途半端に終わるどころか、変に固まったせいで背中が攣りそうになった。  魚塚は背中を攣らないようにそっと両腕を下ろして、隣に何故かいる霧島にジト目を送る。だが彼は怯むどころか楽しそうに「おはよー」と笑っていた。 「……何でいるの」 「面白そうだから」  きゃぴっと笑う霧島に魚塚は頭を抱える他なかった。二人のあまりの温度差に、もしこの場に第三者がいたら確実に風邪を引くだろう。 「あのさあ」 「んー? 」 「遊びじゃないのわかってる? 」 「知ってる」  霧島にハートマークがつきそうなテンションで返されてしまっては、魚塚も頭痛を覚える。それはもう、思わずボディバックの中に鎮痛剤がないか過去の記憶を辿ってしまうレベルで、だ。  そもそも昨夜関わるなと伝えたはずなのに、何故この男はここにいるのだろうか。 「昨夜さ、金輪際関わるなって言ったよね? 」 「言ったねぇ」 「じゃあ何で現在進行形で関わってるの」 「だってアレ、オレ了承してないし? 」 「はあ?……あ、」   思わず反射的に疑ってしまうも、昨夜の記憶が走馬灯のように流れてくる。脳内に流れてきた映像を見て、確かに自分はあの時一方的に言ってそのまま部屋へ消えたなと思い出した。そしてそのせいで霧島の言葉を聞いていない。よって仮に今霧島が嘘を言っていたとしても、それを証明する証拠も言質も何も無いのだ。 「あー……っ! 」  今度は昨夜浅はかな行動を取った自分に怒りを覚え、どうにかそれを表に出さないよう頭を抱えたまましゃがみ込んだ。霧島が心配しているのかしていないのかよくわからない声のトーンで「ウォッカちゃん? 大丈夫? 」と話しかけてくるも、それに構っている余裕はない。いくら昨晩頭に血が上っていたとは言え、何故すぐに部屋へ引き篭もってしまったんだと酷く後悔していた。  しかしやってしまったものは仕方ない。今はこの男をどう撒くか、魚塚の頭はフル稼働していた。あれそれ計算しては脳内シミュレーションを行うも、気が付けば霧島という男はひょっこり現れる。 「(コイツ、脳内でもどんだけ邪魔してくるのっ! )」  イマジナリーでも執着してくるその姿に魚塚はしゃがみ込みながら唸る。隣から話しかけられている気もするが、今の彼女はそれに構っている余裕はない。いや、シミュレーションに夢中でそれどころではないと言うべきだろうか。  どんなに策を考えても、たとえそれが脳内のイマジナリーな存在だったとしてもひょっこり出てくる霧島。ここまで執着されてしまっては、もう諦めるべきなのかもしれない。しかし諦めて放置すればそれはそれで面倒なことになる。本当にどうしようかと悩めば、まるで悩める子羊を助けるかのように天啓が下りてきた。 「(ああ、そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()())」  ニヤリと不敵な笑みを浮かべて見上げる魚塚。そんな彼女を別に怪しむ素振りも見せずに霧島は笑顔を返す。 「ねえ、これだけしつこく付きまとうってことは余程暇なのよね? 」 「まあ休暇中だし? それに今日はまだいい波来てないから乗れないし」 「何ならちょっと手伝ってよ。無償で」 「んー? 別にいいよ? 」  別に嫌がる素振りも見せずに二つ返事で了承する霧島。困惑する姿を期待していた魚塚は肩透かしを食らってしまい、目を丸くする。自分で言っておきながら何だけど、魚塚はそんな彼に一抹の不安を覚えた。 「……あんたさ、嫌なものははっきり嫌って言った方がいいよ? 」 「別に? イヤな時はちゃんと拒絶するし? これホント」 「……はぁ、まあいいわ」  一切表情を崩さない様に、こいつには敵わないと魚塚はとうとう悟る。
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