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再び喫茶店を連想する入店音を鳴らせば、記憶が比較的いいらしい店主が歓迎という意味での「ああ、また君か」という表情をして二人を出迎えた。
写真を携えた魚塚は店内を物色することなく、今度は真っ直ぐと店主がゆっくりしているレジへと向かう。だがついてきていた霧島は魚塚とは逆方向へと進んでいく。彼女が店主に再度聞き込みを始めた頃には多種多様の勾玉を物色し始めたので、「こいつ本当に手伝う気あるのか? 」と魚塚は訝しんだ。でもだからと言ってここで一発ガツンとたしなめる気力もないので、魚塚は一度冷めた目で見送ってから店主へ向きなおした。
もう一度写真を見せて「他に何か覚えてませんか? 」と端的に伝えると、店主は難しい顔で記憶を掘り返す。しかしその表情が緩むことはなかった。
「うーん……昨日話したこと以外は特にないなぁ」
「あの、本当些細な事でも構いませんので」
「そう言われてもなぁ……」
腕を組んで如何にも考えていますアピールをする店主だが、他に覚えていることが本当に無いらしく険しい表情は崩れない。
「この写真の人について何か覚えていたの、今のところあなたくらいなんです」
「そう言われてもなぁ……その写真の子がここに来たってのは何年前だっけ? 」
「二年前です」
「二年前かぁ……この村は高齢化が激しいから、目にしていたとしても覚えてないのが大半だと思うがなぁ……」
「まあ……そうですよね」
「逆に聞くけど、何でお客さんはそんな執着にその子の事を聞き回ってんだい? 」
まさか逆に質問されると思っていなかった魚塚。質問の内容が内容なまでに、ウッと言葉に詰まる。こんな赤の他人に本当の事を話していいのか、それともぼやかすべきか。霧島には大方の内容を話したが、それはパシリという名の手伝いをさせるために仕方なく伝えただけ。協力を仰ぐのであれば話してもいいのだろうけど、大事にしたくないというのもあるし一介の村人にこんなことを背負わせたくなかった。ましてや「遺品探し」というよくわからない調査をしているなんて伝えられる訳がない。魚塚はそう思っているが、こんな小さな村で会う人全員に聞き込みをしている時点で「聞き回っている他所の女性」で広まっていそうな気もするが……。
とにかく遺品探しの件は隠すとして、魚塚は店主に簡単な内容だけ伝えることにした。他に霧島くらいしかいないが、周りに聞こえないようにその身を少し屈ませながら口元に手を添えて、店主の耳元で囁く。
「あの、あまり大事にしたくないので他言無用でお願いしたいのですが」
「ほう」
その雰囲気からして、ただ事ではないなと店主は察したらしい。声をすぼめる魚塚に釣られて、店主も声を小さくして返事をする。
「実はこの写真の人、二年前この村に来てから行方がわからないんです」
「えっ」
思わず大声を出してしまう店主だったが、慌ててその口を押える。
「それは……何か事件に巻き込まれたとか……? 」
「いえ、そこはわからないんですが。写真を提供してくださったご両親から探してほしいと頼まれまして」
「それは大変だぁ。うーん、二年前かぁ……。基本的にこの村は平和そのものだから事件らしい事件も聞かないんだよなぁ。あったとしても台風が接近してるとか、津波が来たとか、漁船が転覆したとか、土左衛門が流れ着いたとかその程度だしなぁ」
指折り数える店主。平和そのものだと主張したいのだろうけど、それだけ指を折っていれば大半が自然災害とは言え平和ではないと魚塚は声を大にして言いたかった。しかしまだ周囲に聞かれたら困るので声をすぼめる。なお周囲にいるのはまだ店内の勾玉を物色しながらチラチラとレジを気にする霧島だけではあるのだが……。
「いや立派な事件じゃないですか。特に最後」
「土左衛門は滅多にないよ」
「でもゼロではないんでしょ? 」
「でもここ二年は流れ着いてないよ」
「そうですか……」
とにかく平和だと主張したいらしい店主に魚塚は心中乾いた笑いを零す。
「ここ二年は台風くらいしかビッグニュースは無かったから、その子がこの村で何かあったとは思えないなぁ。あるとすれば帰り道とかじゃないか? 」
「そう思いたいですけど……あ、別にこの村を疑っているわけではないですよ? 」
「わかってるよ。ワシらが何も知らないだけで、裏で何かあったかもしれないしなぁ」
「ご理解ありがとうございます」
この話はここでおしまいと、魚塚は上体を起こす。店主も彼女のその動きで察したのか、少し背筋を伸ばした。
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