無い世界にある君へ

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《7月上旬》  高校最後の学祭が終わった。私はようやく「部長」という大役を降りた。今は学祭の後片づけに追われているが、一般生徒はすでに帰宅している。ついさっきまで一年間で一番の盛り上がりを見せたこの校舎も人が出てしまえばまた日常へと戻る。  同じ文芸部の2人と軽音楽部の子と、それから吹奏楽部の子。そんな友達とこれから打ち上げだ。文芸部の私含め3人はステージのライトや暗幕の撤収があるが他2人がカラオケの予約をとってくれるとのことだった。楽しみだ。  人見知りに加え、男性恐怖症。しかし、彼女達の存在が大きかった。高校2年の時、私にもようやく気の置けない仲間ができた。特に吹奏楽部の彼女。私にはないものをたくさん持っていた。嫉妬しなかったと言えば大嘘になる。 《一年前の7月》  ずっと憧れだった文芸部の部長であり、この地区では有名な先輩が引退してしまった。才能も、センスも抜群で、いつかこんな風になれたら!なんて思っていた。思っていたのだが。  文芸部は引退と同時に部長が次の部長を発表する。とは言え、この部は毎年廃部寸前の小規模な部活だ。2年生は多い方で私を含めても6人、1年生は2人、今日を持って引退する3年生も2人だ。6人のなかから選ばれる1人なんて予想がつく。今年の朗読の大会で部長の先輩が主演、2年生の子が助演を演じ、最優秀賞を受賞したのは記憶に新しい。頭もいいし容量もいい。その子が新部長なら私たちも文芸部も安泰だ。  いよいよ先輩の口から最後の台詞が放たれる。 「明日からの部長は君だ」 いつかの私を魅了した先輩のその声が、その目が、 私をさしていた。 《七月中旬》  私は顧問の先生に自分に部長は無理だと言いに行った。もう、何度行ったかわからないが全然取り合ってくれない。そうこうしているうちに他の部も代替わりが進んでいく。うちのクラスからは野球部とチア部、バド部、化学部と物理部が部長になったらしい。野球部以外は規模で言うと大きいとは言えない部活だが、ここまで部長がかたまると担任も誇らしげだった。  吹奏楽部の彼女は学生指揮者に推薦されたそうだ。凄い。すごいけど、彼女ならそれこそ部長をやるものだと思っていた。 《一年生の秋》  私は、吹奏楽をやったそこはないが、昔ピアノはやっていた。去年、彼女が「今回の駅でのイベントは私が責任者やるから来て!」と言われて行ったときに聞いた彼女の音は、演奏自体は未熟であったが、‘好き’に溢れていた。言葉で表せないくらいの、音に対する愛情が線路を越えて響いてきた。鮮烈だった。  後で調べてわかった事だが、彼女が演奏していた楽器はホルンと言うらしい。それはギネス世界記録にも認定されるほど難しいらしかった。そしてこれもまた、後になって別の人から聞いた話だが、彼女の言った「責任者」とはそのイベントを取り仕切る、具体的には、駅の人との打ち合わせに始まり、曲選び、合奏などの部全体のスケジュール管理、それから全曲の先生との打ち合わせ(というのは名目だけで実際には秋口だったと言うこともあり先生は受験生の方で忙しく、合奏の9割が彼女の元で行われたらしい)など、仕事内容はほぼ部長だったそうだ。しかも、教えてくれた子が言うには本番当日、最後の曲に合わせて新しい電車が入ってくる予定だったが、電車の入場が遅れるというハプニングが起こり、その遅れに合わせて彼女が別の曲を演奏するよう部員と先生に楽譜を用意すると言う神対応を見せたらしい。まぁ、話をしてくれた子は中学生の頃から彼女のファンだったと自ら言っていたので多少のフィルターはかかっているだろうが。  当時私は、男子ともヘラヘラと絡んで、一年生の癖に部活も仕切るなんて…こういうのなんて言うだ…パリピ…?陽キャ…?怖……。と思っていた。  そんな私と彼女が仲良くなるまでの話は長くなるから今は省こうと思う。 《再び7月中旬》 「あなた、部長に推薦されたんだ!すっごくいいと思う!だって私、あなたの書いた台本、めっちゃ好きだもん!!大会、見に行った!!私、泣いちゃった!」 「え?断ってる??あなたは部長、やりたくないの??そうは思ってなかったから勝手に盛り上がっちゃった…ごめん」 「自分じゃ務まらない?じゃ、やりたくないって言うよりは、できない!って感じ?」 汲み取ってくれる。あの時の彼女の音楽と同じだ。 「務まんなくてもいーじゃん?」  私は彼女のそう言う清々しさに惹かれていた。  十分部長が務まる、努力も能力も、経験も持つ彼女が学生指揮者に留まり、部長なんて到底出来っこないような経験も知識もない私に務まらなくてもいいと言っている。 「冒険してみようよ!」  この一言が、私を突き動かした。  彼女は、引っ込み思案な私を少しずつ外に連れ出してくれた。そして、ここにきて、思いっきり外の世界へ踏み出してみよう!そう提案している。  だけど、私には彼女が意図していない、彼女の心理も見えてしまった。  彼女は伝統も人数もこの学校の中で一番多い吹奏楽部の学生指揮者だ。皆が口を揃えて「部長は彼女がいいと思う」と言われるほどのカリスマ性をもつ彼女がなぜ‘学生指揮者に’のか。違う。彼女が推薦のだ。部長よりも比較的自由に動け、かつ影響力もある立場に。  聞こえてしまったのだ。音にならない音が。 「一緒に、冒険してみようよ!」 と。 「やる。やってみるよ。」 彼女には届いただろうか。いや、これから届けるよ。だから 「一緒に冒険しよう」 それがたとえ、音にならなくても。
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