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始業式の後、教室へ戻ってホームルームが行われた。担任の教師が日誌を持って教壇に立てた。
「はい、今日はここまで。日直は、あー、まだだな。じゃ、起立」
礼、と続けて、着席させることなく、教師は扉へ向かって歩き出す。
慎は目の前の扉を開けて出ていく教師を立ったまま目で追った。
静かだった教室がざわつき、椅子を引く音が響きだす。自分も座ろうと、机に両手をかけたとき、腰あたりの学ランの裾を引っ張られた。後ろを振り向きながら座る。自然と壁に背中をあてて横向きになった。
学ランを引っ張った涼太は、椅子の背もたれに体を預け、両手を頭の後ろで組んでいる。
「慎って部活入ってんの。運動部にはいないよな」
さっきまで苗字呼びだったのに、もう名前を呼び捨てにされたことに慎は目を丸くした。その表情を不思議に思ったらしく、涼太が体勢を変えずに、首だけ傾げる。慎は顔の前で細かく手を振り、鞄を机の上に乗せた。
「いや、名前で呼ばれたから驚いただけ」
「あー、俺のことも涼太でいいからな」
帰り支度をしたクラスメイトたちが次々と教室を出ていく。挨拶をしてくれる彼、彼女たちに、涼太が会釈したり、手を振ったりするので、慎も同じようにする。
「わかった。で、部活だけど、一応、新聞部に入ってる。ほとんど幽霊部員だけど」
涼太の視線が黒板の上にある時計へと動き、少し慌てた様子で立ち上がった。
「そうなんだ。俺、バスケ部。もう行かなきゃなんないわ。また明日な」
鞄をもって慎の前を通り過ぎ、教室の扉から出ていく。後ろ足が教室に残った状態で、涼太は振り返った。
「慎、短縮っつっても、明日から授業あるからな。忘れ物すんなよ」
言うだけ言って廊下へと出ていく。
時間がなくなったのだろうか、涼太は体育館の方へ向かって走っていった。
開いたままの扉の隙間から、涼太の後ろ姿を見送った慎は首を傾げた。
頼りなさそうとは言われるけれど、初めて話した人にまで忘れ物を心配させてしまうほどなのだろうか。
慎は席を立って、窓ガラスに自分の顔を映した。無表情のつもりなのに、笑っている顔がそこにはあった。
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