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中は普通のマンションの一室だった。
少し不思議な香りがするくらい。セリザワの香水だろうか。
「今、紅茶を淹れるわ。それともコーヒーがいい?」
「紅茶でお願いします」
「わかったわ」
部屋は冷房が心地よく効いている。私はメイクが落ちないようにそっと汗を拭きながら、席についた。白いテーブルに白い椅子。なんだか自分が場違いな場にいるように感じられた。
セリザワは慣れた手つきで紅茶を淹れる。苺の甘い香りがする。
「どうぞ」
「ありがとうございます。あの、これよかったらお土産なんですけど」
私は地元限定で売られているクッキーの箱を取り出す。中身はアイスボックスクッキーだ。すごくおいしい。
「あら! どうもありがとう。紅茶と一緒に食べましょうか」
セリザワはニコニコと笑う。私もつられて笑う。
暑い日に熱い紅茶だというのに、クッキーと紅茶を交互に食べるととても幸せになれる。
しばらくしたところで、セリザワが話し出した。
「私ね。モデルになってもらう子には、初日に生い立ちを聞くことにしているの。もし嫌だったら別にいいけど、聞いてもいいかしら?」
「はい」
「ありがとう。まず、名前と簡単な自己紹介を」
「小川真弓です。去年高校を卒業しました。カノン・セリザワというブランドが好きです。よろしくお願いします」
「あら? それだけなの?」
「えっと……地雷服も好きです。メイクも好きで、お菓子食べることも」
私があたふたすると、「そんなに慌てなくていいのよ」とセリザワが言う。
「自己紹介なんて、誰だって難しいものだから。自分を言葉にするのは大変なことなの。私もうまくできないもの」
セリザワは紅茶を一口飲む。
「私も自己紹介をしましょう。芹沢花音、三十八歳。ブランドを立ち上げているわ。好きなことはデザインと料理とゲーム」
「ゲーム……!?」
「そうよ。意外?」
「ええ……」
「スプラが好きよ」
「うそ……私も好きです」
「じゃあ今度対戦しましょうよ! Switchは持ってきた?」
「はい」
「今日にでも、ぜひ……!」
セリザワが目を輝かせるものだから私は気圧された。
「親御さんは心配していないの?」
「……」
「何かあるのね」
「えっと……こんなこと……話してもいいのか……」
「なんでもいいわよ、これからはビジネスパートナーなんだから。私はフェアな関係を望むわ。どんなに暗くても、聞く覚悟はできてる」
セリザワは私を静かに見つめる。口元は微笑んでいる。
私は両親のことを話す。
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