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わくわく、そわそわ。校外学習の日の朝は、心がざわつく。
「お弁当、持ったね?ハンカチ、ティッシュは?」
「全部オッケー!」
玄関先で最終確認を母親に促される。翔空(とあ)は自信満々に頷き、いつもより大きな声で「いってきまーす!」と言い、家をあとにした。
そんな翔空を、心配そうな顔で母親は見送っていた。
あんなに母親と確認したのに、翔空はなんだか忘れ物をしたような気がして落ち着かなかった。しかし、そんな気持ちは集合場所で友達に会うと、あっという間に消えてしまった。
4年生の校外学習の行き先は「まるごと田舎村」と「空の博物館」だった。
バスに揺られて1時間ほどで、最初の目的地「まるごと田舎村」に到着だ。世界的に人気なテーマパークほどの広さの土地に、この地域の江戸時代の町並みや武家屋敷、農家などが再現されている。某テレビ番組でもロケ地となるような、そこそこ有名な場所だ。
しおりに記されたチェックポイントを班の友達と巡りながら、村の景色を楽しんだ。自然も豊かで、たわわに実った柿の実をカラス達がつついていた。それを見て、なぜか翔空は何か忘れ物をしているような、それでいて少し悲しいような気持ちになった。柿にもカラスにも特に思い入れはないのに…校外学習の高揚した気分が変な気持ちにさせるのかな…と翔空は無理矢理理由を考えた。
2つ目の目的地、飛行機に関する様々なものが展示されている「空の博物館」では、まず外の芝生の上でお弁当を食べた。空港が近いので、離着陸する飛行機が低空で通り過ぎていく。普段見ることはできない迫力ある大きさだ。鳥みたいに空を飛ぶってすごいな、と翔空はおかずの卵焼きをもぐもぐと咀嚼しながら思った。その瞬間、またあの悲しい気持ちが出てきた。そんなに飛行機に感動したのかな…と自分の気持ちを分析してみたが、しっくり来なかった。
博物館の中には歴代のキャビンアテンダントの制服や飛行機のエンジンなどが展示してあった。飛行機の客室もあり、実際にエコノミークラスからファーストクラスまでのシートに座ってみることができた。
国際空港の中での仕事や空港周辺の自然環境の紹介もされていた。何種類もの野鳥が生息しているらしい。ここでまた、例の気持ちが湧き上がった。なんだろう、と思いつつ、自分の顔を撮影し空港のスタッフの制服姿に重ねられる仕組みの展示に心奪われ、深く考えなかった。
帰りのバスでは、校外学習恒例のDVD鑑賞だ。黄色くて小さな、つなぎを着た愛らしい生き物たちが活躍する映画を見た。翔空は何度か見たことがあったが、面白くて友達と一緒に笑って楽しんだ。
バスを降り、みんなで学校の校庭まで数分歩いて戻った。そこで先生達から今日の反省と明日の連絡を聞き、解散した。
帰り道、疲れ切った体に満足した心を携え翔空は一人歩いた。結局、忘れ物はしていなかった。いつもと違うと、なんだか不安になるってだけだな、と結論づけた。
「ただいまー!!」
翔空はいつも通り玄関のドアを開ける。
「おかえりー!」
母親の声だ。いつも通り。
「……。」
違う。いつも通りではない。翔空は靴を脱ぎ捨てた。勢いよく放られた靴は片方ひっくり返って玄関に落ちた。
慌ててリビングに飛び込んだ翔空。空っぽの鳥かご。悲しげな表情でテーブルの上のきれいな箱を指し示す母親。
翔空はおそるおそる箱の蓋を開ける。
涙がどっと溢れる。箱の中には淡い色のきれいな花々のベッドの上で、真っ白な文鳥が眠っていた。もう二度と目覚めることはない。
翔空は、今朝の出来事を思い出した。校外学習の荷物をすべて持って、いつも通り白文鳥のシロに「いってきます!」と言おうとした。しかし、止まり木に止まる力もなく、鳥かごの床に丸まっているシロを見て、気持ちが変わった。
「俺、今日行くのやめる!」
翔空は涙を浮べて言い放った。物心ついたときから一緒に暮らしていた文鳥のシロは、ここ最近で、一番弱っていた。くちばしの色も、いつもの朱鷺色ではなく薄紫色だ。真っ白な羽にはツヤが全くない。目は、ほとんど開いていない。もしかしたら今日がシロの最期になるかもしれなかった。
「でも、校外学習楽しみにしてたじゃない…。」
シロを心配する気持ちもわかる母親は、強く言うことはできなかった。
「シロの方が大事だよ!な、シロ。俺今日はずっと一緒にいるから。」
「ピッピピピ!」
いつもと違うシロの鳴き声を聞いてから「ただいまー!」と言うまで、翔空はシロの存在を忘れていた。泣きじゃくりながらそう言う翔空の頭を、母親は優しく撫でた。
「シロは翔空の楽しみを奪いたくなかったのよ。だからきっと、少しの間だけ忘れてもらったのね。大好きだったのよ、あなたのこと。」
箱の蓋を閉めて、翔空は母親と2人でシロを庭に埋めた。
「俺も大好きだよ、シロ。もう大丈夫だから、ずっとお前のこと覚えておかせてくれよ。悲しいけど、忘れてしまう方がもっと悲しいからさ。」
シロの「ピッ!」という可愛いい鳴き声が、耳元で聞こえた気がした。
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