プロローグ(ウィーン国立歌劇場にて)

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 プロローグ(ウィーン国立歌劇場にて)

 その年。ウィーン国立歌劇場の社交シーズンのオープニング公演は、【トゥーランドット】だった。  ボックス席には華麗なソワレに身を包んだ社交界の華の姿が見受けられるのも、社交シーズンならではの光景であろう。  通常なら。くるぶしを覆うロングドレスを身に纏った女性客は、観客席の10%ほどだが。社交シーズンの始まりとあって、この夜はオペラの後で舞踏会に招かれている紳士淑女も多く。  ボックス席には、タキシードとオートクチュールのソワレが溢れていた。  かつてのオペラ座の桟敷席と言えば、ブルジョア男性の夢だった。貴族が美しい愛人を見せびらかす場であったり、富豪が取引相手を招いて接待する社交の場でもあった。  いまから見たら、遠い昔の夢物語。男と女のラブゲームを始める場としては、今や時代遅れかもしれない。  だが人類はそう簡単に、昔の習性を変えられるモノでもないらしい。あちこちで、社交界ではお馴染みの恋の駆け引きが始まっているように見受けられる。上流社会では恋も愛も優雅な遊びに過ぎないのが世間の常識だ。  富豪の世界は案外不便。大金持ちの家同士は、おおよそ閨閥で繋がっている。つまり家と家の取引で結婚が決まる。  そんな愛も恋も無い結婚生活の行き着く先はと言えば、相場が決まっている。妻も夫も愛人を持つのが普通、恋は殺伐とした人生に神が与えたもうた大切な潤いだ。  ボックス席に現れた、そんな社交界の有名人たちの姿に、それなりに噂話の花が咲くのも致し方のない事ではある。  そしてそんなゴシップ記事を生活の糧にしているルポライターの存在も、言うなれば必要悪。社交界には欠かせない。  ゴシップ記事で有名なニューヨークのメトロノーム新聞社に雇われているルポライターのルイス・ホーンと、彼の相棒でカメラマンのテディも、さっきから立見席で一組の男女の登場を待ちかねていた。  編集長が喜ぶ特ダネをモノにすれば、約束の特別ボーナスがゲットできるのだ。  さて、その問題のカップルだが。男の方はドイツ系のオーストリア人で、ゼットン財閥の総帥。ビジネス界では苛烈な気性と辣腕で知られた、泣く子も黙る凶暴なビジネス鮫だ。  フランツ・ヴァルト・ゼットンがその男のフルネームだが、ビジネス界では誰もその名で彼を呼んだりはしない。  男は、【ファントマ・Z】と呼ばれている。名前の由来はしごく簡単。メイドインジャパンの宇宙戦争をモチーフにしたアニメが十二十年ほど前に一世を風靡したのだが、そのアニメに登場する巨大で攻撃力満点、強面のドイツ風モビルスールの名前が【ファントマ・Z】だったと言う訳だ。
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