飛龍

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飛龍

 その日、修道院は慌ただしくなっていた。朝から翠蘭が産気付き、いろいろな準備に走り回っていたのである。 「ジーマ、湯は沸かしてあるな」 「当たり前でしょ、ライード。何人取り上げてきたと思ってるのよ」  ライードとジーマがテキパキと準備をする中、春蕾はどうにも落ち着かなく、翠蘭の手を握ったり汗を拭いたり水を飲ませたりしかできなかった。 (やっぱり自分の妹となると心配でたまらない。どうか、無事に生まれますように)  泰然には手紙を届けてある。だがすぐには駆けつけて来れないだろう。その分、自分がそばに居て力づけてやるしかない。 「そのように緊張するでない、春蕾。翠蘭まで強ばってしまうではないか」 「は、はい、静芳様。しかしやはり、こういう時に男は何もできないものですね」 「初産なのだからまだまだ時間はかかるであろう。そんなに心配するな。麗霞、そなたもじゃ」  同じように心配顔でオロオロしている麗霞。 「私は出産経験はあるのですが、その時のことは夢中で何も覚えていないのです。周りからしたらこんなに心配なものなのですね」  実はこの修道院の中で出産経験者は麗霞ただ一人。下女たちは皆、結婚することもなくここに来て暮らしているのだから。  静芳は他国の王族と一度結婚したが、子を産むことなく戻ってきてこの修道院の院長になった。だから彼女も出産未経験だ。  そろそろ半日が過ぎようという夕刻、ようやく泰然がやってきた。 「翠蘭!」 「ああ、泰然、来てくれたのね。あ、い、痛い……」  既に陣痛は間隔を狭めてきている。出産は近いとライード、ジーマは気を引き締めた。そして。 「生まれたぞ!」  ライードの声が響いた。翠蘭の手を握っていた泰然の手から力が抜ける。 「翠蘭……! ありがとう……!」  赤子の細い、だが精一杯生きようとする泣き声が響く。 「翠蘭、元気な男の子だ」  ライードが嬉しそうに翠蘭に見せた。隣では春蕾が泣いている。麗霞も静芳と手を握り合って喜んでいた。 「翠蘭、我が正妃よ……! ありがとう、永遠に愛している!」  泰然が額に口づけをして(ねぎら)った。翠蘭は疲れ果てた、だが満ち足りた表情をしていた。 「泰然、あなたと同じ銀色の髪だわ」 「そして瞳はそなたと同じ翠色だ」  二人は微笑み合った。  
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