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――余命宣告を受けた。もって三ヶ月だそうだ。
人は驚きすぎると瞬きすら忘れるらしい。年若い医師が今後の治療方針を懇切丁寧に説明してくれてはいたけれど、その全ては頭に残ることなく綺麗さっぱり右から左へと通過していった。
ああ、ああ、どうしよう。あいつに何て言ったらいい?
質の悪い風邪を引いて、たった数日寝込んだだけでも自分のことのように泣いて辛がる優しくて弱いあいつに。〝死〟という最大級の恐怖をどうやって伝えたらいいのか。幾ら頭を捻って考えてみても答えは出ず、嘘ばかりを重ねてこっそりと通院する日々が増えた。
『ふふふ、お前の耳は正直だねえ。林檎みたいに真っ赤っか』
昔、お袋に耳を摘ままれながら揶揄われたことがある。だから知っていたよ。自分の妙な癖を。そしてそれを、口下手な俺は狡いと理解しながらも利用していた。利用しないとあいつをデートにすら誘えなかった。なんてことはない。本当に弱いのは俺じゃないか。
春も、夏も、秋も、冬も、――格好悪い嘘ばかりついてきた。
それでもその嘘は騙してやろうだとか、誤魔化してやろうだとか、そういった感情からくるものではなく、俺なりの愛情表現のつもりだった。ようは甘えていたのだ。あいつが受け止めてくれるから。気付いてくれるから。甘えて、結局、ひどく傷付けた。
あいつはきっと、今、俺の浮気を疑っていると思う。
そうだ、好都合だ。このまま嫌われてしまえばいい。俺のことなんて思い出さなくなるぐらいに。最低のクズだったって。嫌われて、忘れて、いつか必ず幸せになって欲しい。俺ではない他の誰かと。
大丈夫。おまえならやり直せるよ。子供だって欲しいって言っていたじゃないか。大丈夫、大丈夫。俺を忘れて、いい男性に出会って、子宝に恵まれて、うんと長生きして、そうして、あの世でまた会えたなら。会ってくれるのなら。どうか、――謝らせてくれ。
「ごめん。他に好きな女性ができた。俺と別れて欲しい」
はじめて吐く心にもない嘘を。どうか、どうか。
ああ、陽が沈む。
病院のベッドに腰を掛け、窓の外を見た。あの時、おまえが俺の耳をそっと確認したことはわかっていたよ。でも、ごめんな。もう色を染めることもできないほどに血が薄くなってきているんだ。
「早く俺のことを忘れられたら良いのに」
嘘だね。本当は忘れて欲しくないくせに。ずうっと引き摺って欲しいくせに。それでも窓に映る耳は真っ白で、本音のように見えた。なんて冷たい野郎だ。最期ぐらい、独りの時ぐらい、――なあ、
「……はは、なんだよ、……今さら……っ、遅いだろ」
血の気のない耳が、白い耳が、徐々にその色を薄らと変えてゆく。鮮やかな夕焼けは窓をすり抜け、俺の心を悪戯に弄んだ。
赤く染まる、赤に惑う。
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