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それから
◇
「高良さん、貸してくれたあれ読みました」
「うん、分かった、今仕事中だから、あとでな」
丹羽がカウンターで明日の入荷を確認している俺に声をかけてくる。丹羽と恋人になっても、職場では、普通に接している、つもりだ、と思う。
「ちょっとくらい、いいでしょ、本の話なんだし。で、なんで青い本じゃなくて、文庫からなんですか」
「あの作者は、デビューから追うのが正しい読み方なんだよ、青い本「青のさき」はな、十六夜時雨の四年ぶりの新作なんだぞ、スターシステムで今までの作品に出ていた人物がちらほら出てくるから、そのバックボーンを知っていると知らないでは深みが違うんだよ。それに」
「あー、分かりました、あとで聞きます」
丹羽はそそくさとハンディモップを持ってフロアメンテに出ていく。だから言っただろうが。本好きに「一番好きな本教えて」なんて気楽に聞くものじゃない。
そういえば、読み返した本がある。
奥さんのいる男に告白しようとしている主人公の気持ちを理解できなかったミステリーだ。
まだ全部分かる、とは言えない。けれど、自分で自分を止めることができない衝動のようなものだけは、分かってきた、気がする。
丹羽がこちらを見て微笑んだ。
まともに見ていると仕事どころじゃなくなるのは、もう分かっているから、慌てて目をそらした。今日は仕事のあとに丹羽の部屋に泊まることになっている。明日は休みで、丹羽の誕生日だ。ずっと「待ってくれ」と逃げ込んでいた砦。もう、いいかもしれない。
『その砦はぎしぎしと音をたて光のない未来へとわたしを誘っている。それでもわたしは、進みたいのだ。砦を壊して。』
俺達は男同士で、俺は八つも年上で、丹羽はまだ大学生で。未来に光なんてないのかもしれない。
それでも。
その未来には、丹羽が笑っているといい。
だったら、きっと俺も笑っている。
終
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