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朝9時から夜9時まで、それがこの店「ウサギ堂書店ハッピータウン店」の開店時間だ。ハッピータウンという小さなショッピングセンターのテナント店なので、ハッピータウンと同じ開店時間だ。少し離れた郊外に巨大ショッピングモールができたので、「お出かけ」のお客さんはそちらにいき、こちらは毎日の生活と密着型ってところだ。ちょっと大きめのスーパー、とでも言ったらいいか。その中にある、小さな本屋が俺の職場だ。
俺は主に12時から9時までの昼から夜勤務で働いている。副店長になったのは去年からで、これは高齢の店長がいずれ定年退職になることを見越しての役職付だ。にがさねえぞ、という首輪ともいえる。副店長って言っても特別な待遇はほとんどなくて、パソコンが苦手な店長の代わりにパソコン仕事はほとんど俺がやっているくらいだ。事務仕事は嫌いじゃないが売り場に出る時間が少なくなったのはちょっと寂しい。小売業なんて、いかに売り場に手を入れるかで売り上げが変わる仕事だ。数字を見れば何が売れているかは把握できるが、それだけじゃなく、やはり現場の空気を知ることが売り上げを上げるために必要なんだと思う。
本が好きだから、本屋に就職した、というバカみたいに単純な俺は、けれど、この生活に満足している。たとえいつでも金欠に嘆いているとしても。
「あの、高良さん」
レジ締めの準備をしながら丹羽君が声を潜めた。
「なんだ?」
「やっぱ、オレもっと仕事できるようになりたいし、オススメの本とか教えてくださいよ」
「ん? あー、片倉さんの事なら本当に構わないぞ。あの人の好みはだいたい把握したから新刊からピックアップするのは苦じゃないし、長い話も相づち打つくらいだし」
「それとは別に、シンプルに、オススメの本教えて欲しいです」
丹羽君は俺よりちょっと高い視線から見下ろしてくる。165センチの俺は平均よりはちょっと小さいかもしれないけど、丹羽君がデカすぎるのだ。182センチって言ってたか。そのうえ、顔がいい。丹羽亮介、って名前まで格好いい。イケメンの定義はよくわからないが、それでも顔がいいのは分かるし、入ったばかりの頃は関口さんなんか騒いで大変だった。薄茶色の髪は無造作なのに寝ぐせに見えないし、綺麗な二重とかすっと高い鼻とか薄い唇とか、いちいち「こいつ顔がいいな」って思わされる。大学生で今年二十歳になったばかりで、輝かしい未来しか見えない。本屋のバイトより、しゃれた服屋とかにいそうだ。
じっと見すぎたのか、丹羽君は小さく首を傾げて
「高良さん?」
小さく笑う。こんなん、女の子はきゃーきゃー言うんじゃないだろうか。そうだ、片倉さんを丹羽君に任せようものなら、それこそ痴情のもつれになりかねない、だめだ、だめ。
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