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そのとき、スマホのアラームが鳴って我にかえる。九時、閉店時間だ。フロアのモップをかけていた関口さんが、テナントの区切りであるカーテンを引いて戻ってくる。
「今日はチンで上がれますね」
「お客さん、少なかったからな。雨のせいか?」
九時閉店と言っても、案外、お客さんはぎりぎりまで、というか過ぎてもいる人もいる。今日は本当に珍しい方だった。
「じゃあ、二人とも上がって。お疲れ様でした」
「はーい。丹羽君、あがろー。副店長お疲れ様ですー。お先に失礼しますー」
「あ、オレは、まだ高良さんに」
丹羽君は俺を見て何か言おうと口を開いたが、関口さんに腕を引かれてバックヤードに戻っていく。
「バイトはチンで帰さなきゃ副店長が怒られるの。いい加減覚えなさい」
「分かった、分かりましたから、腕離してくださいよ」
にぎやかに二人が去っていって、俺はこれからレジ締め作業だ。何も問題なければ九時半には帰れる。帰って風呂入って本読んで寝る。朝は十時に起きてぼんやりして十二時から出勤。平和で平凡な毎日は物語の舞台にもならないだろうが、俺は十分に満足している。
――恋に恋焦がれているんですよね。
「そんなこと、ない」
手に入らないものに焦がれても時間を無駄にするだけだ。こんなにも読みたい本があふれていて時間と金が足りないというのに。
フロアを見回って、照明を消す。薄暗い世界にひっそりと存在する本屋はまるで知らない場所のようで、俺はそこに向かって呟くのが日課になっている。
「おやすみ、また明日」
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