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丹羽
今日も金曜恒例の片倉さんが来た。先週勧めた本はもう読んでしまったらしい。本当に読書が好きな人なんだと感心してしまうし悪い人じゃない。が、やたらテンションが高くて、体力を消耗してしまった。明日が休みでよかった。
なんとなくぐったりしながら店を閉め、自転車小屋に向かうと、俺の白い自転車の横になぜか丹羽君が立っていた。
「あれ、丹羽君、まだ帰らないの?」
「あっ、お疲れ様です、あの、オレ、高良さんと話したくて」
あー。丹羽君が入って三か月と少し。きたかーって感じだ。だいたい、時給安いしな。若いスタッフの女の子も夜はいないしな。飽きるには頃合いだろう。正直、この展開には慣れている、きっとこのあとには「辞めたいんですけど」って続くに違いない。小さく息を吐いて、口を開く。
「はい、話ね。なんでしょう」
「あの、この前も言ったと思うけど、オレ、本当に面白い本読んでみたくて、高良さんのオススメ教えてほしいです」
――……。
え?
「ん?」
「面接でも言ったと思うんですけど、オレ活字ほとんど読まないんで、さすがにちょっと読んだ方が、お客さんと話もできるし、いいかなって思ってて。片倉さんがあんなに喜んでいるんから高良さんのオススメってはずれなさそうだし」
「ちょっと、待て、話ってそれ?」
「そうです」
丹羽君はなんか、にこにこしている。
よかった、辞める話じゃなかったのかと安堵の息をこぼしてから、いや、これはこれでやっかいかも、と思う。簡単に言うが「オススメの本教えて」なんて、結構やっかいなのだ。本が好きならなおさらに、だと思う。
でも、同時に嬉しくもある。確かに丹羽君は漫画しか読まないと言っていたから、ちょっとでも活字に興味が沸いたのなら、その興味を損なわないように手助けをしてやりたいと思うのも本音で、解除しかけていた仕事モードが戻ってきた。
「いいけど、じゃあ、ちょっと丹羽君の好みも知らないとな」
「え? 高良さんの好きな本教えてくれるんじゃないんですか?」
「オススメってのは読む人に合わせるもんなんだよ、俺の好み押し付けても仕方ないだろう。あー、ちょっと話せるか?」
九月の夜は立ち話にも都合よく快適だ。自転車小屋は虫が多いのが難点だけど。目の前を横切る小さい虫に嫌な顔をした丹羽君が口を開く。
「じゃあ、オレ晩飯まだなんで、そこのファミレスでも行きます? あ、でも高良さんは休憩時間で食べてるんでしたね」
「別にいいぞ、秋限定スイーツのクーポン貰ってるから試したかったし」
「限定スイーツ……乙女みたいなこと言うじゃん」
小さな呟きだったけど、しっかり聞こえてるからな! そこのファミレスには雑誌の定期購読してもらってるから、店長さんとよく会うし、クーポンも時々貰えるし、別に甘いもの好きでもいいだろ! 文句を言いたかったが、丹羽君は長い足ですたすた歩きだして、俺はそれを追うのに必死になった。
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