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たのしい
丹羽君は勉強熱心だった。俺が貸した文庫本を一週間で読んで、感想を熱心に話してくれた。仕事中に。
「いや、それは後で聞くから」
「あ、すみません、なんか我慢できなくて」
「まあ、面白い本読んだら話したいよな。それは分かる」
「そう、面白かったんですよ、特にあのトリックの」
まだ、事務仕事が残っているから、俺はレジから出なければならない。話に付き合ってやりたいが、やっぱり仕事中は無理だ。結局、仕事のあと、丹羽君が待つと言い張るので、自転車小屋で待ち合わせた。
本当に待ってるのか? と半信半疑だったけれど丹羽君はにこにこ顔で俺を待っていた、缶コーヒーを手にして。
「お疲れ様です。あの、すみません、仕事の後に」
「明日休みだからいいよ。っていうか、丹羽君、晩飯は?」
この前はファミレス行ったけど、そうそう外食なんてできないし、新しいクーポンの期限もまだだ。だから缶コーヒーをくれたのか。
「メシは帰ってから食います。あー、それでー」
丹羽君は俺が貸したミステリーの一冊一冊の感想をそれはもう楽しそうに話す。貸したのは三冊なのだけれど、どれも面白かったらしくて、ちょっと安心した。本をオススメしたときに、一番嬉しい瞬間でもある。
それにしても活字が苦手だと言っていたのに、一週間で三冊は脅威だ。それも、全部、最後まで読んでいる。活字、向いているのかもしれない。だったら、俺も嬉しい。
一通り感想を話し終えた丹羽君は
「高良さんのオススメ本当に面白かった、凄いですね。またオススメ教えてください」
とにこにこ笑顔だ。それからスマホを見て急にしょんぼりした。
「すみません、もう一時間もたってる……高良さん疲れているのに」
「え、もうそんな時間か。丹羽君の話が面白かったから感じなかったな」
「高良さんが聞き上手だから」
そんなこと初めて言われた。丹羽君がお世辞を言っているとしても、素直に嬉しい。本当に楽しく会話したって気分だから、本当は丹羽君が話し上手なんだろうけど。
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