たのしい

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 こんなに楽しいの、吉良崎さんと飲みに行ったとき以来だな。吉良崎さんとはラインでやりとりはするけど、やっぱり直に話をする方が楽しい。あんなに本の話できる人、他にいないから。  もう、半年は会ってないのか。 「高良さん、やっぱ疲れてますよね、すみません。気持ちよく喋らせてくれるから、つい長くなってしまって」 「ん、あ、いや、ちょっと考え事を。まあ、また丹羽君にはまりそうなやつ探しておくよ」 「ありがとうございます。俺も、今回貸してもらった作家の新作買おう」 「無理するなよ」 「あの、オレのせいで遅くなったし、送っていきます。家、近いんでしたっけ?」 「いや俺自転車だし、それに丹羽君の家はそこのアパートでしょ」  この前行ったファミレスのすぐ隣、ここからもう茶色の壁が見えている。確か、面接のとき、近くて便利だからバイトしたいって言ってたんだよな。徒歩で通えるバイトは楽だろうけど、仕事以外でお客さんとばったり会ったりするの、俺は苦手だから、少し離れたい。バスも電車も金かかるし、車なんて維持費も高くて無理だし、仕方なく自転車通勤四十分で我慢しているんだけれど。体力が無いから、これが限界の距離だ。 「じゃあな、気を付けて」 「オレんちそこですって。高良さんこそ気を付けて――そうだ、今度はこんな立ち話じゃなくて、うちに来てくださいよ。掃除しとくんで」  それはどうだろう、仮にもバイトの家に上がり込むなんて、公私混同がすぎるんじゃないだろうか、いやしかし、これは仕事にも関係ないわけじゃないからセーフなのか?  悩んでいるうちに丹羽君は駆け足で消えていく。一日の終わりに走れるなんて、やっぱ若いんだなあと、しみじみ実感しながら、なんとなく楽しい気分を引きずったままで家路についた。
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