菜園生活

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雲一つない青天。 11月になったが日差しが強く、 暖かいというよりは暑い。 上着を脱いでTシャツだけになっている。 ただ時折吹く風が心地よい。 今家庭菜園の自分の区画にいる。 一区画毎に水やりをしながら、 野菜の生育状況を見ている。 先週間引きしたカブは、 葉が大きく茂っている。 同じ日に植えたキャベツは、 見た感じ定着したようで一安心。 ハクサイは、葉が真ん中に向かって 丸まってきている。 ダイコンやニンジンは、葉が茂っており、 順調に生育している。 シュンギクとホウレンソウは、 3回種まきをしてようやく芽が出てきている。 一通り水やりを終えて、 菜園を見渡す。 葉についた水滴が、日差しを浴びて、 どの野菜の葉も輝いて見える。 (菜園始めてよかった) と思っていると、ふと菜園をスタートした頃のことが頭の中に蘇ってきた。 寝転んでテレビを見ていると、 「ジャガイモは木になる」 と自信を持って答えている小さい子供達を 見てびっくりし、 「ジャガイモは土の中だよ」 とテレビに向かって話しかけていた。 (あすかは大丈夫かな) 後ろでぬいぐるみで遊んでいる娘を不安そうに見てしまった。 休日の朝で雨が降っていない時は、娘を連れて近所を散歩していた。 歩くコースは決まっており、当時は砂利道であったが、今はきれいに舗装されている。 線路沿いの道を歩いていて警報機の カンカンカン という音が聞こえると立ち止まり、電車が通過していく時に娘は手を振った。 時折、運転手や乗客が気づいて手を振ってくれると、 「手振ってくれた」 と飛び跳ねながらとても喜んでいた。 線路の反対側には、畑が広がっており、植えてある野菜を指指して、 「あすか、あれはダイコンだよ」 「ダイコン?」 「そう。寒い時にお鍋に入っている丸いものだよ」 「そうなんだ」 と自分の分かる範囲で教えていた。 というのも、学生の頃から野菜用のプランターで 野菜をたまに育てていたので、ある程度のものは分かった。 でも、ホームセンターで売っている黒土と腐葉土を混ぜてプランターに入れ、種をまいたり、苗を植えて、その後はあまり面倒をみていない。 収穫することは出来るが、なかなか思うような収穫量は採れなかった。 テレビを観て、衝撃を受けた数日後、当時定期購読していた野菜栽培の雑誌で、タイミングよく市民農園を特集しているのが目にとまった。 各県毎の一覧があり、 (近くにあるかな) と見ていたら、住んでいるアパートから車で20分位の所にあるのを見つけた。 向かいに座ってテレビを観ている妻に、 「近くに市民農園あるみたい」 と話しかけた。 「そうなんだ。やっとみれば」 「そうだね」 やってみたいという気持ちはあるが、 (やれるかな) という不安な気持ちが強く、なかなか重い腰をあげられない。 携帯電話に受付先の電話番号は登録してありますが、 (今日はかけよう) と思っていても、なかなか電話をかけられず、数日経ってしまった。 夕食時に妻から、 「そういえば電話してみたの?」 と聞かれ、ドキッとした。 「まだなんだ」 と答えると、 「まだ電話してないの。早くしないと」 と尻を叩かれた。 「分かった。明日電話必ずするよ」 「必ずだよ」 と念をおされた。 翌日の会社の休憩時間に勇気を出して電話する。 電話は苦手ではないが、 (やれるかな) という不安な気持ちがまだある。 呼び出し音がやみ、 「もしもし」 と女性の声がした。 「市民農園の申し込みを希望している者ですが」 と勇気を出して言った。 「ありがとうございます。ご説明等ありますので、都合のいい日にお越しください」 と言われたので、 「分かりました。土、日はやっていますか?」 と聞くと、 「やっております」 と言われたので、 「それでは今週の土曜日に行きます」 「何時位になりますか?」 早い方がいいと思い、 「10時位でもいいですか?」 「分かりました。それでは係の者に伝えておきます」 名前と携帯電話の番号を伝えて、電話を切った。 電話をしてみたが、まだやっていけるだろうかという不安が残っている。 家に帰ってから、妻に申し込みをしたことを伝えると、 「やっとだね」 と言われた。 約束した時間より早く指定された場所に着いた。 ノックしてドアを開け、 「すいません」 と声をかけると、奥から 「はーい」 と女性の声がして、僕の方に近づいてくる。 「今日10時に農園の契約に来た者ですが」 と言うと、 「話は聞いております。こちらにおかけください」 と入ってすぐの対面式の机の所に通された。 机の上には、字がびっしりと書かれている紙とボールペンが置かれている。 座って待っていると、 「お待たせしました」 と言って、女性は手に持っていた箱を机の上に置いて、僕の対面の席に座った。 「早速ですが、ご説明させていただきます」 と言って、菜園の規則を置いてあった紙をもとに 説明を始めた。 一通り説明が終わると、女性は箱から四角がたくさん書かれている紙を取り出し、 「場所なのですが、どこにしますか?」 と言いながら、机の上に紙を広げた。 ピンクの蛍光ペンで囲ってある所は使用中であろう。 (角がいいな) と思っていたので、一ヶ所だけ角が空いていたので、 「ここにします」 と場所を指差した。 「分かりました」 と女性は言って、再び箱から違う紙を取り出して、 「こちらは契約書になりますので、見本を見ながら記入してください」 と契約書と見本を僕の前に置いた。 必要な事柄を見本を見ながら記入していると 「一年間の契約料は3000円になります」 と言われたので、 「分かりました」 と返事をし、書くのをやめて財布から3000円取り出し、女性に渡した。 「お預かりします」 と言って、女性は立ち上がり、奥の方に行ったので記入を進めた。 記入を終え、戻ってきた女性に契約書を渡すと、 「区画の方は、大きな草は刈りますが、耕すのはどうされますか?」 と領収書を渡されながら聞かれたので、 (耕すのは自分でやろう) と思い、 「大丈夫です」 と答えた。 「農具は物置にありますので、ご自由にお使いください」 「分かりました」 「以上で手続きは終わりになります。ありがとうございました」 「よろしくお願いします」 僕は、書類を持って席を立ち、外へ出た。 (そうだ、借りた場所見てみよう) と思い、すぐ近くにある農園に行くことにした。 大きな看板があったので分かりやすく、入口から入っていくと舗装されていない駐車スペースに車を停める。 一面に野菜が育っている菜園が広がっている。 (一体何区画あるんだろう) と思いながら車から降りる。 水道があり、ベンチがある休憩場もある。 その先には物置があった。 (場所はどこだろう) と各区画の隅に刺してある数字の立て札を見ながら、自分の場所を探し始める。 「あった」 と自分の場所を見つけたは、声が出てしまった。 思った以上に区画は広く見える。 枯れた長い草や伸びてきている草が生えている。 (草を刈ってもらえば耕すのは楽だな) と思い、家へと戻った。 家に入ると、居間にいた妻に、 「契約してきたよ」 と伝える。 「やっとだね」 と妻。 「明日耕してくるよ」 と言いながら洗面台に向かうと、妻も一緒についてきて、手を洗っている僕に、 「私も手伝うよ」 と言った。 意外であったが、 「そうか」 と言って、タオルで手を拭きながら、 「じゃあ、3人で行こう」 と言った。 いつもの休日は、8時過ぎるまでは寝ているが、今日は早めに起きて、菜園に行く準備をしている。 3本の水筒にスポーツドリンクを入れ、2双の軍手とともに一緒にリュックに詰めた。 娘を着替えさせて、髪をとかしてからセンターから分けてリボンで左右を結んだ。 妻の準備が終わるまで、2人でアニメを観て待っていた。 「出来たよー」 と妻が言ったので、リュックを背負い、娘を連れて車に向かう。 娘は、出かけることがとてもうれしいみたいで朝早く起きたが、ご機嫌である。 しかもお気に入りの長靴を履けるので、尚更だ。 菜園に着くまで娘は、指定席である助手席に座り、ずっと幼稚園の話をしていた。 手にはずっと昨日買った小さいスコップを持っている。 菜園の駐車スペースに着くと、妻と娘は同時に、 「わー」 と声をあげた。 おそらく想像していた以上に広がったのだろう。 娘を車から降ろすと、 「パパのはどこ?」 と聞いてきたので、 「じゃあ、行ってみよう」 とリュックを背負い、娘と手を繋いで歩き始める。 「ここだよ」 と区画に着いて指差した。 「ここにいっぱいお野菜出来るんだね」 と娘が言ったので、 「そうだよ」 と答えた。 「シャベル借りてくるよ」 と妻に言って、物置に向かう。 扉を開けると広い割には何も入ってないし、 壁際にシャベルや鍬が数本置いてあるだけである。 シャベルも鍬も木と鉄の部分がグラグラしていて、 (使えるのかな) と感じながら、シャベルと鍬を1本ずつ手に持って扉を閉め、区画に戻る。 「使えるか分からないよ」 と妻に言いながら、土の上にシャベルと鍬を置いた。 大きく伸びをして、 「よーし、やるぞ」 と自分を鼓舞して、リュックから軍手を取り出して、両手にはめてシャベルを持って区画の中に入る。 「あすかも」 と娘は言って、小さいスコップを手にして、区画の隅の方に入った。 枯れた草の残っている根元を掴み、力を入れて引っ張るが全く動かない。 (えっ) と思い、さらに引っ張るがなかなか抜けない。 「力入れても全然抜けないね」 と同じようにやっていた妻が言う。 「1回シャベルで掘ってみる」 と後ろに置いていたシャベルを手に取り、土に先端を入れてみる。 「ザッ」 という音とともに少し先が入ったが、それ以上入らない。 刃先の肩部分に両足をのせて、ぐっと体重をかけたら、ようやく刃先が全て入った。 土を持ち上げようとするが、なかなか上がらず、シャベルの持ち手部分に体重をかけるとやっと持ち上がった。 よく見ると土というより根がびっしりと固まりになっている。 そのまま固まりを置いて、妻のやっていた隣りに移り、やってみるが同じである。 これしかやってないのに額から汗が流れ、脇の下が汗ばんできた。 娘はどうしているか振り返って見てみると僕の真似をしてスコップで穴を掘っている。 長袖のシャツを脱いで、リュックの上に置き、同じ作業を繰り返していく。 掘り起こした根は、妻が手で土を払って区画の外に出してくれている。 どれ位やっていたのか。 何も考えず、ひたすら同じ作業を繰り返し、ようやく全て掘り起こすことが出来た。 一ヶ所だけ隅に娘が一人で作った土の山が残っている。 「おつかれさま」 と言って、妻が水筒をくれた。 「ありがとう」 と言って、水筒の蓋を開けて口をつけ、 「ゴクゴク」 と一気に飲んだ。 冷たくしておいたスポーツドリンクが喉を潤し、体中に染み渡っていく。 靴の中には土が入り、Tシャツ、Gパン、腕は土で汚れており、汗で全身がびっしょり。 「久しぶりにいい汗かいたね」 と妻に言うと、 「そうね」 と汗をタオルで拭きながら妻は答えた。 「根は片付けるから汚れ落としてきなよ」 と言って、妻に水筒を渡し、区画の外に置いてある根を両手で持って、ゴミの集積場所まで運んだ。 たくさんあるので何往復もし、農具を物置に返し、区画に戻ると、 「終わったー」 と言って大きく伸びをした。 リュックからタオルを出して、水道で顔、腕、手を洗っていく。 汚れが落ちていくとともに暑くなっていた体が冷やされていく。 (こんなに大変だと思わなかった。やってもらえばよかった) ずっと後悔していた。 区画に戻り、 「今日はありがとう」 と妻に礼を言うと、 「高くつくわよ」 と笑いながら言われ、 「色々と揃えないといけないね」 と続けて言った。 「パッと思いつくだけで長靴とシャベルは必要だね」 話していると娘がじっと僕の顔を見ていたので、 「あすかもありがとう」 と言うと、 「うん」 と娘はにっこり笑った。 娘の笑顔を見ていたら、疲れは吹っ飛んでいった。
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