まるで忠誠のキスのような

4/4
前へ
/100ページ
次へ
(でも、それだとアリク様が覚えているのっておかしくない……?)  エベルレイの方が年上なのだ。アリクだけが覚えているなんて不可解すぎる。 (だけど、とりあえず考えていても埒が明かないわね……)  しかし、エベルレイはそう思いなおした。  エベルレイは時間の無駄遣いが何よりも嫌いだ。  時は金なり。時間は無限ではなく有限。  ならば、一分一秒無駄にすることは得策ではない。 (よし、とにかく仕事を片付けなくちゃ)  そう思いなおして、机の前に戻って書類に目を通していく。  これはよし。これは修正の必要がある。  修正の必要があるものは、修正の場所に理由をしたためた付箋を貼っておく。 (仕事よ、仕事。……あれくらいで心なんて、乱されていちゃダメ!)  一度婚約者に裏切られてから、決めたじゃないか。  ――男性なんて、信じるだけ無駄なのだと。  そう思ったからこそ、エベルレイは事務官としてのキャリアを着々と積んできた。それを無駄にすることだけは――許されない。 (万が一結婚したら、仕事は辞めなくちゃだし、そんなこと絶対に嫌だもの)  うんうんと一人頷きながら仕事をしていれば、不意に事務室の扉がノックされる。……どうやら、誰かが来たらしい。  だからこそ、エベルレイは「はい」と返事をした。  ……これから、自分の身にどんなことが起こるのか。  少なくともこの時のエベルレイは――想像も、していなかった。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

436人が本棚に入れています
本棚に追加