塗って潰す

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塗って潰す

 薄っぺらい上履きのゴムを通して、冷え切った体育館の床がじわじわと私たちの身体から熱を奪っていく。  寒さと長さに耐えかねた生徒達が、風に吹かれた草むらみたいにそろそろと揺れ出し、弛緩した空気がかまぼこ型の天井に向かって広がっていく。まだか。早く。長い。飽きた。終われ。誰も口に出していないのに、鮮明に浮かび上がる感情。  永遠に続く苦行かに思えた教頭先生の話が終わり、続いて颯爽と檀上に現れたのは生徒会長の高杉秀一君だった。 「それではこれで十一月度全校集会を終わります。一同、礼っ!」  高杉君が宣言した途端、体育館いっぱいに膨らんでいた退屈が音を立てて割れたような気がした。代わりにあふれ出した声と音が、色とりどりのモザイクカラーを形成していく。 「最近さぁ、生徒会長カッコよくなったと思わない?」  体育館を出て行く人波に身を任せていたら、後ろからきた愛海に肩を叩かれて、私はドキッとした。 「そうかな? 言われてみると、あか抜けた感あるかもね」 「でしょ? 雰囲気とか前とは別人みたいだし。最近眼鏡もかけてないもんね。コンタクトに変えたのかな」 「さぁ? 何かあったのかもね」 「何かって……まさか、恋? あの生真面目な生徒会長が!?」  愛海は大きく目を見開いた後、何かを悟ったようにポンと手を叩いた。 「だとしたらあれは、きっと良い恋だね。くぅー。いいなぁ、生徒会長。あたしもそういう恋したーい」 「そうかなぁ? ……意外と悪い恋かもよ」  私の中から顔を出したどす黒い感情が、チクリと釘を刺す。でも他人の色恋を察知して舞い上がる愛海に、気付く様子は全く無かった。
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