恋人初日(こいびとしょにち)

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 夜景に次ぐ人気の時間帯、黄昏時(トワイライトタイム)の景観を狙って、ロープウェイ近辺は人が増える。それを知ってか、颯介は、木立を抜けたところに設置された第二展望台へと俺を誘った。青空から緩やかな飴色に変わる空と、光を受けて銀盤のように輝く海が眩しい。小樽は日本海に面しているから、夕陽が美しいのだ。 「これからがダイナミックで見応えがあるのに……ごめんな」  展望台の丸太の柵に、両腕を付いて体重を預ける格好のまま、颯介は申し訳なさそうに呟いた。隣で同じ姿勢を取っていた俺は、彼の顔を眺めた。夕陽が翳りを生み、ますます男前だなぁ、なんて惚れ惚れしながら。 「うん……いいけど、俺、門限とかないじゃん?」  機嫌を損ねていないことを伝えたくて、冗談めかして聞き返す。暗に、遅くなっても構わないのに、という意味だったのだが、彼は微妙な表情を浮かべた。 「お前、明日バイトだろ」 「だけど夕方だし」 「今夜は、さ……その、朝まで離せないと思うんだ」  瞬間、顔から火が出た。つまりは、朝まで……する、って……そういうことで……。 「お前のバイト、立ち仕事だから……なるべく、腰に負担かけないようにするけど、ちゃんと眠った方がいいだろ?」  声を落としてボソボソ囁くけれど、こっちはすっかり全身から湯気が上がってしまった。 「ちゃ、ちゃんと、って! な、な、何、冷静に計算してくれてるんだよっ……!?」  恥ずかしさに、バシバシ背中を叩いたけれど、笑いながら腕を掴まれた。周りに一組二組、カップルが居た筈なんだけど……クルリと彼の胸と柵の間に収められてしまった。 「そっ、颯介っ!」 「……怒った顔も可愛い。お前って、こんなに色んな顔するんだなぁ。1年ちょっと見てきたのに、知らなかった」  嬉しそうに……本当に幸せそうな顔をするから、なんにも言えなくなった。だって、そんな颯介を見てるのは嫌いじゃない。俺も、嬉しくて幸せだから。 「俺、怒ってないって」 「ははっ。分かってるよ」  木立の中と違ってキスはしなかった。けれども、背中からギュッと抱き締める腕は力強くて、心地良い。さっきも、そうだった。彼の腕の中では、不安も焦りも……ネガティブな感情は、なにもかも(ほど)けて溶けていく。こんなにも安心出来る場所があったことに驚いて、誰にも渡したくないなんて……湧き上がる強い気持ちに、もっと驚いた。これって――立派な独占欲じゃないか。 「颯介」 「うん?」  首を捻って、彼の顔を見ようとする。意図を汲み取って、彼は少し腕を緩めてくれた。至近距離で瞳を交わす。 「デート、連れてきてくれて、ありがとう。俺、今日のことずっと忘れない」 「ああ。俺の方こそ、ありがとう。これからも、色んなところに一緒に行こうな」 「ん。ずっと一緒」  颯介となら。この人となら、ずっと一緒にいたい。好きだと気づいて、1週間。恋人になって、まだ1日。親友だった期間の方が長いけど、もっと長い期間好きでいられる自信がある。一緒の未来を歩きたいって、心から思う。  ……だから、今夜、打ち明けなくちゃ。俺が、どんなに穢れた人間なのかを。素直に甘えてきた(おとうと)に対して、どんなに異常な欲望を抱いて、それを隠してきたのかを、全部。怖いけど――自分の言葉できちんと話すんだ。それが、俺が彼に愛してもらうための資格だと思うから。
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