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小樽駅に着くと、ガラスのレトロなランプが沢山飾られていた。降りたホームにも、駅舎の改札の上にも、ズラリと並んでいる。どのランプも飴色の光を小さく灯しており、生まれる前の古い時代にタイムリープしたみたいだ。日が暮れたら、更にロマンチックな雰囲気になるんだろう。
上半分が緑で下半分が赤、クリスマスカラーに塗り分けられた、木製のオモチャのような可愛いバスに乗って、駅前ターミナルから運河方面に向かう。幹線道路を横切れば、あとはひたすら下り坂。運河の先の埠頭から山を目指して駆け上がるように民家が連なっていて、その間を縫う直線曲線、様々な坂道が見える。
「やっぱり海運で栄えた街だからかな。すげぇ坂」
小樽は坂の街と聞いたことがある。勾配10%を越える坂が幾つもあり、「地獄坂」「励ましの坂」などの名前が付いているらしい。
「足腰鍛えられるねぇ」
通路側から身を乗り出して、一緒に車窓を眺めていた颯介が、僕の感想にニヤリと口の端を上げた。
「腰なら、俺らだって鍛えられてるだろ」
「え……?」
「今晩も激しく……いてっ」
皆まで言わせず、すぐ側にあった手の甲を慌ててつねった。
「ばっかじゃないの、こんなとこでっ」
颯介は、いいヤツなんだけど、発想がちょっとエロい。そして平気で口にする。恐らく、わざとそういうことを言って、俺が動揺するのを楽しんでいるんだ。
「誰も聞いてねぇよ。あー、その顔、可愛いなぁ」
確かにバスの乗客は、アジア系の観光客ばかりで、周りから聞こえてくる言語は日本語じゃない。でも、だからって。頰が熱くなるのを感じて、プイと彼に背を向けた。
「も、知らないっ」
親友でいた時も、エッチな話くらいした筈だけど、別に俺が動揺することなんかなかったし、颯介も俺の反応を楽しんでいた訳じゃなかった。
彼のこんな態度は、明らかに俺達の関係が変わってからだ。これからずっとこんな風に弄られるんだろうか。
「ごめんな。お前とデートしてるって思ったら、嬉しくってさ」
窓ガラスに映った彼が、困ったように頭を掻いた。しょぼくれた大型犬みたいで、思わずプッと吹き出してしまう。
「仕様がないなぁ……」
怒り顔を作ろうとしたのに、失敗した。それでもなんとか睨んでみたけど、彼は嬉しそうに微笑んでいる。狡いよ。ちょっとキュンとしたじゃないか。
『次は、「小樽運河ターミナル」です』
「あ、次、降りるぞ」
車内アナウンスが流れると、けろっとした真顔になって、降車ボタンを押した。程なく、石造りの建物が見えてきて、大型バスが沢山停車している駐車場をぐるりと回ってから、建物の裏手に停まった。乗客のほとんどがここで降り、俺達も後に続いた。入れ替わりに、バス停に並んでいた10人ほどがバスに乗った。
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