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運河ターミナルは、運河観光のスタート地点の1つだった。スタートなのかゴールなのかは、歩き始める場所で変わるけれど、交差点を渡ったところにある「浅草橋」から200mくらい先の「中央橋」までが観光の目玉のようで、多国籍な観光客でごった返していた。
青空を映し込んだ水面にはクルーズ船が浮かび、道路の対岸に並ぶ石造りの倉庫群の壁には青々と蔦が茂っている。運河に沿ってレトロなガス灯が並ぶ景観は、駅のポスターで見た写真の通りだ。橋の上は広場のようになっていて、人力車の側では法被姿のお兄さん達が威勢良く声をかけたり、撮影ポイントでは人々が代わる代わる自撮りをしている。
「いやー、冬もすげぇけど、やっぱり観光シーズンの人出は別格だなぁ」
颯介が、呆れたように笑う。確かに、橋の上にも、運河沿いの小径にも、観光クルーズ船の中にも、人、人、人で溢れている。
「俺達だって観光客じゃん」
「ま、そうなんだけどさ。散策路、少し歩く?」
彼が示した運河沿いの小径には、修学旅行らしき制服姿の一団が、ワイワイとスマホで写真を撮りながら歩いている。わざわざあの喧騒に飛び込むのは、ちょっとご遠慮願いたい。
「んー……」
「じゃあさ、観光の醍醐味。なんかうまいモン食べるか」
言われてみたら、そろそろお昼だ。さっき朝を食べたばかりだと思っていたのに、もう小腹が空いている。
「……賛成」
結局、橋の上で観光客の隙間から運河をバックに自撮りして、元来た交差点を渡った。
颯介は、火の見櫓みたいな木造のランドマークが建つ一角に連れてきてくれた。屋台や建物がぎっしり並び、大正レトロ風の町並みには、「出抜小路」と大きな看板が出ていて、やっぱりここも賑わっている。
「若鶏の半身揚げの名店があってさ、ザンギも美味いんだ」
北海道民のソウルフードと呼ばれている「ザンギ」は、下味を付けて揚げた「鶏の唐揚げ」だ。漬け込む下味は醤油ベースが一般的だが、生姜とか酒とかニンニクとか、お店によって加えるものや配分が違うのが、味の特徴になる。道産子の颯介に言わせると、『ザンギ道は奥が深い』らしいけど、俺は美味しければなんだっていい。
「食べるっ」
即答してから、ちょっと恥ずかしくなった。どんだけがっついているんだよ。
「じゃ、ベンチ空いたら確保しておいて」
彼は意に介さず、爽やかな笑顔で身を翻した。
店舗に囲まれた、石畳の中庭に、白いガーデンテーブルとチェアが幾つか置かれている。ザッと見回しても、びっしり満席。早く食べ終えそうなフードと、早食いしそうな若者達に狙いを定めて、じっくり探していると――その時。
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