【序章】

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【序章】

 熟した果実は地に落ち、腐り果て、土に還ってゆく。  神が決めたもうた自然の摂理だ。熟した実それ自身が、脆く崩壊への道を選ぶ。枝にしがみつく力をなくしたときには既に、腐敗は進みきっている。  ―――平和な時代は、暗転した。  世の中は激しい戦乱の渦に落とされ、混沌と暗雲、裏切りと策謀にあふれかえった。新たな時代の幕開けが破壊と混乱にまみれるのは、時や舞台が違っても変わらない。  そして、荒ぶる猛者たちを制し、頭角を現す者が出現することも。  マルク・エルフルトも他の男たちと同じく、天を焦がすほどの野心を抱いていた。出自は、一介の騎士でしかない。サン・フィニュ公国の片隅、僅かな領地を預かる領主に仕える、文字どおりの貧しい騎士だった。もし世の中が平和だったなら、彼は一生片田舎で飢えと病に怯えて暮さねばならなかったろう。  時代は、しかし彼を呼んだ。  頭角を現すのは、才気と力、そして運に恵まれた者たちだ。  マルクは猛る獅子さながら剣を振るい、また次々に獲物と自分の娘とを縁組みさせ、卑劣な手段、巧妙な手口で(おのれ)の領地と軍勢を増やしていった。  そして人々が気付いたとき、エンフレート大陸中央から北部にかけ、巨大な王国ができあがっていた。名を、エルフルト王国という。  セイ歴1492年、太祖マルク・エルフルト、時に50歳。正妻との間には3人の息子と5人の娘がいたが、上ふたりの息子は戦によって、真ん中の娘、ティリシアは病で命を落としていた。王太子には末息子ランディが就き、掌中の珠、第8子アリシア姫がただひとり、マルクのもとに残っていた。
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