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華佳と食事をした洋食店の、向かいにあるペットショップ。
ここ数日、仕事を終えた辰実が足しげく通っていた場所である。華佳の話を聞きながら眺めていたケージの、白くてふわふわした生き物が気になって行ってみた。けれども隣にいたラグドールの子猫が気になって仕方ない。
「にゃー」
生後2カ月の女の子。ほんの少し空気を震わせる声に癒されてはいたが、数を重ねる毎に辰実を急かす。単純接触の原理は、人を相手に限った事では無いのだろう。
「来週にはこの子、隣県のショップに行くんですよ。」
暫く、沈黙が続く。
「最近、帰りが遅くなってますので。妻を心配させる訳にはいきません。」
辰実の顔が、いつも以上に険しくなる。暫く薄いグレーの八割れを惹き立て役にしたブルーの瞳を眺めた後、若い店員にラグドールの女の子を渡して辰実は去った。
何かを訴えるように鳴いていた彼女の声だけが、頭の中を反復する。
「ただいま」
程なくして帰宅。ドライブを楽しむ余裕なんて無い。
「お帰りなさい」
「すまない、最近帰りが遅くて」
「別に変な事なんてしてないんでしょう?」
愛結は、笑顔で確認する。こうやって辰実が気を遣ってくれる事は嬉しかった。
「寄り道だ」
「いいのよ」
「猫を飼いたいんだ」
迷っている時間は無い。辰実が来ているスーツの袖についていた白い毛を見た時に、愛結には全て納得がいく。
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