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翌日、山村は別のアルバイトの瀬戸と店のフロントに立っていた。今日もまた平日で、客は全然来ない。
「何ですか、それ!」
山村から昨日の話を聞いた瀬戸がそう大きな声を出した。
「それって、今日、塩嶋さんが来るってことじゃないですか!」
「そう、なるね」
「もう、何やってるんですか! これじゃあ、塩嶋さんにわたしがここのアルバイトだってバレちゃいますよ。作戦が台無しです」
瀬戸は山村の腕を掴んで怒って激しく揺さぶった。
「分かってるけど、塩嶋さんの優しさを無駄にしたくなくて、つい」
「シフトが入ってない日だったのにわざわざお店来て、あんなお芝居打って、塩嶋さんに好きな人がいるかどうか聞くなんて。制服だってずぶ濡れになったんですよ! もう、たまたま塩嶋さんとシフト被ったことないからって手を上げなきゃ良かった」
「わたしは雨の日に行ってとは言ってないし、第一、キーホルダーだって忘れなきゃ良かった話でしょ」
「そうかもしれないですけど、大元は山村さんが塩嶋さんに好きな人がいるかどうかさえ訊けないからこんなことになったんですよ」
「それは、ごめん」
流石に山村はこれ以上反論できなかった。
「まあ、いいですよ。訊きたいことは訊けたので。とりあえず今はこれから来る塩嶋さんをどうするかってことです。わたしは休憩にでも入って身を隠します」
「うん」
「でも、毎日来るんですよね、 “制服のあの子”が来るまで。どうしよう。長いこと隠し続けるのは難しいし……」
瀬戸は頭を掻いて、うーんと考え込んだ。
すると、山村があのさ、と言った。瀬戸は彼女の方を向いた。
「わたし、塩嶋さんに告白するよ」
「え?」
「塩嶋さんに好きな人がいないって分かったし。それに、やっぱりあの人は素敵な人だって再確認できたから『恋をしている人は一段と魅力的に見える。人のために頑張るのは人をきらきらさせるんだ』っていう言葉、わたしも肯定されている気がした」
「もしかして、山村さんも?」
「うん。自分のこと気持ち悪いって思ってた。バイトだって辞めようと思ってたんだよ」
「そうだったんですか」
「あの人と離れないと、一生自分のことなんか見られないと思っていたから。でも、もうそんなことは思わない。今日、塩嶋さんが来たら気持ちを伝えるんだ。瀬戸さんのおかげだよ」
山村は瀬戸に礼を言った。
「ふう。緊張するな。ドキドキする」
「そりゃあ、好きな人がいるかどうかも訊けませんでしたからね」
「悪かったよ。今度シフト代わるから」
「冗談ですよ。頑張ってください」
「うん、ありがとう。いろいろと」
「いえいえ、どういたしまして」
瀬戸はにこっと笑った。文句を言いつつも、何だかんだ楽しかったらしい。
瀬戸は何となくフロントの壁に掛けられた時計を見た。そろそろお昼時だ。休日なら待ちが出るぐらい混む時間だが、今は部屋も空きだらけである。
「じゃあ、わたし、休憩入りますね。そろそろお昼ですし、塩嶋さん来るかも」
「うん。分かった」
瀬戸はフロントにしまってあるスタッフルームの鍵を取ると、失礼します、と裏に消えていった。
フロントに一人になった山村は深呼吸をした。鼓動が早くなる心臓を鎮めるように大きく吸って、肩の力を抜くように吐いた。よし。大丈夫、大丈夫。彼女は気持ちを落ち着けた。
そのとき、入り口のドアが開いた。客の来ない昼のフロントに自動ドアの機械音がよく響いた。
山村は顔を上げた。
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