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塩嶋と山村は東京郊外のとあるカラオケ店のフロントに立って暇を持て余していた。
「店、閉めちゃいます?」
山村は丸椅子に座ってくるくる回りながら、隣に立つ塩嶋を見上げた。
「閉められるわけない。お客様がらご来店されるかもしれないじゃないか」
真面目な顔で塩嶋は言った。
「嫌だなあ、冗談ですよ。アルバイトのわたしたちにそんな権限ないですから」
「分かってるなら、椅子から立った方がいいよ」
「それぐらい、いいじゃないですか。お客様、来ないですって」
山村はまた椅子をくるくると回した。足を床から浮かせているから、まるでフィギュアスケートのスピンのようだった。
平日の昼間のカラオケには人が来ない。もちろん、社会人は汗水垂らして働いているし、土日のメインターゲットである学生だって今は黒板と向き合い、勉学に励んでいる時間だ。それに、今時はどの子も真面目になって、学校をこっそり抜け出して遊びにくるような不良生徒はめっきり減ってしまった。そのおかげで、この店も閑古鳥が鳴いている。
山村は自然に椅子の回転が落ち着くのを待って止まると、よっこいしょと立ち上がった。そして、一瞬スタッフルームに入ると、すぐに戻ってきた。腕には段ボール箱を抱えている。
「何、それ」
当然、塩嶋は尋ねた。
「忘れ物です、ルームとかフロントに置いていかれちゃった。暇なときに整理しておこうと思って」
そう説明すると、山村はフロントの空いたスペースに段ボール箱を置いた。
「ああ。こんな風に取ってあったんだね」
「週に一度、社員の人が処分しているみたいですよ。今週だと、今日がその日ですね」
「へえ、知らなかった」
塩嶋は段ボール箱の蓋を開けて中身を覗いた。中には底が見えないほどお客様の忘れ物が入っている。
「ふーん、いろいろなものが入ってるんだね」
「はい。二時間も三時間も夢中で歌ってると、荷物のことは疎かになっちゃうみたいです」
「気持ちは分からないでもないけどね」
塩嶋はふっと笑った。
そのとき、プルルルと電話の音がした。フロントの脇に置いてある電話が鳴ったのだ。
「わたし、出ますね」
山村はフットワーク軽く、電話に出た。
一方の塩嶋は改めて段ボール箱の中を覗いた。実にさまざまなものが入っている。何かの鍵、使い古しのパスケース、少し錆の入った折り畳み傘。なかったら気付きそうなものばかりだけどなあ。返してあげたいのは山々だが、処分しなければスペースを取るだけだ。申し訳ないけれど、社員が店舗に戻ってきたら、渡そう。
塩嶋は電話に対応している山村に代わって段ボール箱を持ち上げたとき、ふと一つのキーホルダーが目に入った。黄色い何かのキャラクターのキーホルダーである。他の忘れ物に比べてもおかしなところはなかったけれど、塩嶋には一つ光っているように見えて、思わず手に取った。
「……はい、かしこまりました。ご来店お待ちしております」
山村はそう言うと、電話を切った。塩嶋も気付いて彼の方を向いた。
「ご予約のお電話?」
「はい、明日です」
「急だね」
「いいじゃないですか。明日もまだ平日でお部屋の空きは十分にありますから」
山村は予約表に今の電話の分を書き込むと、塩嶋の手許を見た。
「それ、見覚えが?」
「うん、ある」
「塩嶋さんがシフト入られているときの忘れ物ですか?」
「ああ。先週のちょうどこの時間ぐらいだったかな。高校生の女の子が持ってたんだ」
「随分詳しく覚えてますね」
「そのとき、話をしたから」
「話?」
塩嶋は山村に話しながら、先週の出来事を鮮明に思い出していった。
「あの日は雨が降っていてね」
塩嶋は入り口のドア越しに空を見上げた。今日はその日と違って、綺麗に晴れている。
気が付くと、塩嶋は訊かれてもいないのにそのときのことを山村に語り出していた。
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