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「へえ、そんなことが」  山村はまたもや丸椅子に座って話を聞いていた。 「多分、そのときに置いていったんだ」  塩嶋は手許のキーホルダーを見た。また、先週の気持ちが蘇ってきた。切ないような悲しいような。 「返してあげたい」  塩嶋はポツリと言った。 「彼女にとって大切なものなんだ」 「でも、今日は処分の日で……」 「分かってるさ。店の規則だからね」  塩嶋はため息をつくと、手に持ったキーホルダーを段ボール箱の中に戻そうとした。  しかし、そのとき、山村がぐっと塩嶋の手首を掴んだ。 「塩嶋さん、ちょっと待っていてください」  すると、山村は塩嶋の手首を離し、レジ下の棚を探して立ち上がった。その手には一枚の紙があった。 「これ、お客様が忘れ物を引き取ったときに書く書類です。塩嶋さんが書いてください」 「え、どうして?」 「塩嶋さんが引き取ったことにすれば、処分されることなく、お客様にお渡しできます」  塩嶋は山村の出してきた書類に視線を落とした。 「そうか」  塩嶋はさっきまで山村が座っていた丸椅子に腰を下ろし、フロントにあったペンを持つと、山村に貰った書類に名前を書いた。 「はい、書類はこれで大丈夫です。わたしが社員に渡しておきます」 「分かった。ありがとう」  塩嶋は山村に書類を渡した。 「それで、どうするんですか? いつ来るか分からないんですよね」 「とりあえず毎日来る」 「え? 毎日ですか!」 「彼女、いつ来るか分からないけど、また来るって言ってたし、僕も幸い暇だしね」  塩嶋さんは嬉しそうに笑った。そして、その手には彼女のキーホルダーが握られていた。
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