71人が本棚に入れています
本棚に追加
/135ページ
ホワイトデーのたくらみ
新宿2丁目のショーパブ「ルーチェ」で、翔大は客や共演者から「若いショウくん」と呼ばれている。翔大が所属している男5人のダンスユニット「ドルフィン・ファイブ」に、もう1人ショウという名のダンサーがいるからだ。30代前半の彼が「ベテランのショウ」と呼ばれるのはちょっと申し訳ないのだが、素晴らしい踊り手であり振付家なので、翔大は光栄に思っている。
しかし翔大には、「若いショウ」と自分を呼んでほしくないひとがいる。ドルフィン・ファイブの古参ファンである美智生だ。彼は近所の女装バー「めぎつね」のサブママで、リーダーのユウヤ推しなのだが、できれば自分推しになってほしいと翔大は思っていた。
ベテランのショウと、ショウの彼氏で、美智生とともにめぎつねに勤めるハルさんが、この半年間何となく、翔大と美智生の間を取り持ってくれようとしている。しかしショウいわく「翔大は踊りは派手なくせにヘタレだから」、美智生からいつまで経ってもガキ扱いされていた。
その土曜日、ダンスのレッスンが終わってから、翔大は美智生と出かける約束を取りつけていた。美智生が職場の女性たちへのホワイトデーのお返しを見に行きたいと言ったからである。つき合いますよ、と軽い感じで言うと、そのままOKだったので、大きなチャンスだった。
「おはよう、忙しいのに悪いな」
デパートに近い駅出口の前で、美智生と待ち合わせた。彼は女装するととんでもなく美人になり、最初その姿に惹かれた。でもこの半年近くは、男の姿の彼も好ましく思っている。
「いえ、クッキーとかは俺も好きですから」
「ショウくん、甘いもの好きなんだ? いや、なかなか男独りではお菓子の催事フロアって行きにくいだろ?」
美智生が笑いながら言うと、それだけで翔大のテンションが上がる。
「ですよね、俺バレンタインは妹にくっついて行ったことあります」
「わかる! 俺は姉が2人いるんだ……もうとっくの前にどっちも嫁に行ってるけど、仕事で女装始めた頃、俺が化粧品買うのにもついてきてくれたなぁ」
美智生が姉たちと仲が良く、彼女らが弟の性的指向に理解があるらしいことは、翔大をほっとさせた。早速デパートに向かい、エレベーターに乗って到着した催し会場は、想定外に女性で溢れていた。
「あれ、男の人あんまりいないですね」
「女の人が自分用に買うんだよ、たぶん」
翔大は会話を交わしつつ、怖気づきそうな自分を奮い立たせ、美智生と共に戦場に分け入る。美智生が向かったのは日本の菓子ブランドや菓子店のコーナーで、意外とシンプルなクッキーに注目している。
最初のコメントを投稿しよう!