ホワイトデーのたくらみ

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 翔大は美智生に源氏名で呼びかけた。 「ミチルさん、こういうのが好きですか?」  美智生はうん、とにっこり笑う。 「食い物はシンプル・イズ・ベストだ」  可愛いな、と密かに翔大がニヤつきを堪えていると、急に美智生はズボンのポケットからスマホを出した。 「うわ、ショウくんごめん、すぐ戻るからこの辺にいて」  休みなのに、会社から電話らしい。急いで会場を離れる背中を見送り、翔大はさっき美智生が見ていたクッキーのアソートセットを急いで購入した。  戻ってきた美智生に、もう買ったのかと笑われながら、会場を見て回った。美智生の職場用の買い物が終わると、自分が気に入ったクッキーを買い、喫茶店に落ち着く。  コーヒーが来ると、翔大はどきどきしながら、一番に買ったクッキーの紙袋を美智生の前に差し出した。そして意を決して口を開いた。 「こっ、これは、俺からの気持ちです」  美智生は目を見開く。翔大は続けた。 「俺は将来どうなるかわからないし、ユウヤさんとかショウさんみたいにダンサーとしての魅力もあまり無いです、でも」  でも何なんだ? 俺がミチルさんにアピールできることなんか、何も無い。  言葉が切れて、沈黙が流れた。翔大が焦って口をぱくぱくさせると、美智生はふっと笑った。 「ごめん、俺ハルちゃんやショウの態度見て、ショウくんの気持ち察してたんだけど、気づかないふりしてた」 「え?」  美智生の笑いが苦くなる。翔大の思いもしないような言葉が続いた。 「だって俺はショウくんより8つも年上だし、変態のサラリーマンだよ? 家族は知ってるけど、職場ではゲイだってことも女装してることも隠してる」  そんな風に美智生が自分を評するのが、ショックだった。 「そんな言い方……! 俺は男の美智生さんも女のミチルさんも好きです、本当なら俺なんか釣り合わない、でも」  また少し沈黙が落ちたあと、ありがとう、と美智生は小さく言った。 「俺はショウくんのダンス好きだよ、きっともっと伸びると思う……だからこそ、何て言うか」 「伸びるかどうかわからないです、もちろんそうなりたいし、ユウヤさんを超えたいけど……」  だからどうなんだ。自分が情けなくて、涙が出そうになった。すると美智生はくすっと笑う。 「わかった……もうショウくん、俺のヒモになっとけ」 「は?」 「大物になるまで面倒見るから、簡単に捨てるなよ」  それは、美智生の照れ隠しの承諾らしかった。それを理解するのに少し時間がかかったが、翔大は頭の中がピンク色の綿菓子みたいなもので満たされていくのを感じた。  クッキーが運んできたハッピーエンド、いや、ハッピービギニングだった。 〈初出 2024.2.10 #創作BL版深夜の60分一本勝負 お題:甘いもの、ハッピーエンド〉
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