調子に乗っても許すから、好きでいて

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調子に乗っても許すから、好きでいて

 春は名のみの風の寒さ、という言葉が相応しい日になってしまったようだ。晴也が晶の旅立ちを見送るその日は、早咲きの桜の満開がニュースで伝えられている中、日本全国でぐっと気温が下がった。  晶は今回も、勤務先の有限会社ウィルウィンから、「ロンドンのミュージカルに出演するため」という理由で2カ月半の休職を認められたが、本当に寛大な会社だなと、晴也はちょっと呆れている。晶が受け持つ営業の案件は、休職を見越して昨年末から引き継ぎをしたり、早めに契約を締結したりしていたというが、それで回ってしまうのだから、大したものだというべきなのだろう。晴也の会社は大きくて歴史もあるほうだが、1人の社員のためにこんなフレキシブルに動くことはできない。まあ、副業を優先するという理由で、退職を勧告されるといったところか。  羽田空港国際線の第3ターミナルは、21時になろうかというのに、深夜便に乗る客で賑わっていた。晴也はスーツケースを預けた晶と、レストランで遅い目の食事を済ませ、コーヒーを楽しんでいる最中である。  今日は晴也は晶の見送りを理由に、美智生(みちお)に交代を頼み、「めぎつね」で休みをもらっていた。めぎつねの常連客でダンサーとしての晶のファンもたくさんいるので、今夜見送りに来そうな勢いの客もいた(平日の夜遅くなので、諦めたようだった)。ショウがしばらく「ルーチェ」のショーに出演しないと知って皆がっかりしているものの、ロンドン・ウェストエンドでの15日間の公演期間に日本のゴールデンウィークが含まれるので、富裕層と思われる数人の客は、渡航して観劇する予定を立てているようだ。 「で、ハルさんは5月2日に明里さんとロンドン入りして、3日のソワレと5日のマチネを観に来てくれるんだな」  晶はスマートフォンのカレンダーを見ながら、確認した。晴也はうん、と答える。舞台オタクである妹の明里は、思いきって兄妹で企画した3泊4日のロンドンツアーを、ほとんど観劇で埋めてしまった。晴也もミュージカルは好きなので構わないのだが、4日の朝から夕刻まではロンドン観光の時間を確保するよう提案している。晴也はイギリスは初めてなので、ちょっとくらい名所に足を運びたいものである。 「俺はショウさんの舞台は1回でいいって言ったんだけど、あいつタカラヅカとか劇団四季で、1公演に複数回観るのが普通になってるからさ」
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