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昼の勤務は復活したものの、その年の冬ごろから、晶は晴也がいる前でも、ストレッチの途中で窓の外をぼんやり眺めるようになった。食べることにあまり興味を示さなくなり、何よりも、あんなにいつも晴也とセックスしたがった(それは晴也が晶との同居をためらう一因だった)のに、キスしかしてくれなくなった。ただこの時点では、まだ晴也は晶の様子に危機感を抱いてはいなかった。
2021年の正月は、お互い全く顔を出せなくなっていた実家に戻った。晴也は佐倉の家族が変わりなく過ごしていることに安心したが、取手で晶の母親が運営しているバレエスタジオは、レッスンが以前のようにはおこなえず苦境を強いられていた。そのことに晶は傷ついたのだろう、実家から戻って晴也の顔を見るなり、抱きついてきて涙を零した。晴也が理由を尋ねると、何が悲しいのかよくわからないと晶は答えた。それを聞いた晴也は、踊る場所を奪われた晶の心がひび割れかかっているとようやく悟った。
晴也は晶と一緒に暮らし、彼を助けると決めた。晶の所属するダンスユニット「ドルフィン・ファイブ」のリーダーである優弥や、めぎつねの同僚の美智生にも、晶の状態を包み隠さず話した。優弥は晶を心配し、遠慮なく身体が動かせる場所に彼を連れ出してくれた。晴也は美智生や、めぎつねのママである英一朗に相談しながら、男2人で借りることのできる部屋を探した。
感染症は拡大が収まったと思えばまたぶり返す。部屋の内見にも2人で気軽に行けず、引っ越しのタイミングを計るのが難しかった。だが晶が久しぶりに晴れやかな笑顔を見せ、ここでならハルさんと毎晩セックスしたくなるかもと言った、好条件の部屋が見つかったので、速やかに引っ越しの準備に入った。晴也がこれまで暮らしていた部屋よりはやや駅から離れるものの、高田馬場駅に近く便利なところだった。築年数が割に古いこともあって、家賃も2人の予算より低かった。
晶は晴也との同居が始まることを、とても喜んだ。晴也はそれを見て、もっと早くOKしてあげるべきだったと自分を責めた。そうしていれば、晶も抑うつ状態にならなかったかもしれなかったのに。
そんなこんなで、晴也が晶と一緒に暮らし始めて1年が経つ。いくらそれまで週末を一緒に過ごしていたからと言っても、完全に同居するといろいろお互い知らなかったところも出てくる。晶は今やぴんぴんしているが、こうなると小競り合いも起こり、晴也は一度つまらないことで激ギレして、妹の明里のところに3日間家出した(彼女も現在交際中の男性がいるので、その男性とバッティングしないかひやひやしたが)。それでも、晴也が想像していたよりは、仲良く楽しくやっていると思う。
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