『雨』

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『雨』

 君を初めて見たのは、君しかいない放課後の音楽室。  外は晴天なのに、君がピアノでショパンの『雨だれ』を弾いていたから、俺達の周りだけ雨が降っていた。  右手で奏でる滑らかな旋律に、左手で奏でられた雨音が心地よくて目を閉じると、いつもは鬱陶しいだけの雨も、そんなに悪くないって思えた。  ずっとこんな時間が続けばいいのにって思っていたけれど、ショパンの雨だれは淡々と、でもとても静かで穏やかに終わっていったね。  君に「もう1回弾いて」って言ったら、「僕の隣に座ってくれたらね」って、ピアノの席、もう1人座れるように詰めてくれたんだ。  それから君と俺のデートはいつも音楽室。  時は過ぎ、君は世界的に有名なピアニストになったけど、君はいつも言ってくれる。 ー僕はいつも君だけのために弾いているんだよー  ってね。  今日も僕達の周りだけ雨が降る。  とても優しい雨が降る。
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