1月1日

2/3
前へ
/21ページ
次へ
 神社から離れた後は、みやげ物屋へと向かった。同級生にみやげを頼まれていたことを思い出したのだ。店内には扇子や暖簾など和風の商品がずらりと並んでいる。  冬休みで海外からの観光客も多いのか、混み合っている。 「友達に頼まれたんだけど」 「何が欲しいって?」 「こけし」 「高校生にしては渋い趣味だな」  人形などが並んでいるコーナーでこけしを発見した。十数センチほどのこけしを手にとって、しげしげと眺める。 「スイッチはどこにあるんだ?」 「スイッチ? そんなものはないだろう」 「だって電気で動くやつだって言ってたよ」 「動くって、どう動くんだ」  怪訝そうな目。  なんでそんな目で見るのかさっぱりわからない。 「ぶるぶる動くって」 「そいつは、本当にこけしが欲しいって言ったのか」 「こけしに間違いはないけど……そういえば、なんとかこけしって言ってたかな。なんだっけ」  真島さんは潜めた声で言った。 「もしかして、こけしの前に、電動って付いてなかったか?」  俺は指をパチンと鳴らし、大きな声で言った。 「それだ! 電動こけし!」  大きな手で口元を抑えられる。 「……んんっ」  真島さんは人差し指を口元に立てて、睨みつけてきた。手を引き剥がして抗議する。 「何すんだよ」 「電動こけしってのは、アレだよ」  俺にしか聞こえないような小さな声で言う。 「アレ?」 「これがぶるぶる動くって言えば、想像つくだろう?」  手元のこけしをじっと眺めたが、わからなくて首を捻る。真島さんは見兼ねた様子で、耳元で囁いた。 「バイブだ、バイブ」 「………あ」  つぶやいたきり固まった。  ニヤニヤ笑いながら頼んできた友人たちの顔が脳裏に浮かんだ。恥ずかしさと怒りで体内の血液が急激に巡る。  店内の客が数人、こちらをちらちら見ているのは気のせいではないだろう。  真島さんは思いっきり吹き出してから、声をあげて笑った。 「笑うな」 「電動こけしなんて最近聞かないから、知らなくても無理ないけど。実は結構からかわれやすいって自覚した方がいいんじゃないか。自分ではそうは思ってないんだろうが」 「放っとけ」 「こんな極度の方向音痴で騙されやすいヤツ、放っておけるかって」  愉快そうな横顔を睨むように見る。 「もういい。おみやげはやめた。帰りに空港で必要な分だけ買って帰る」  少なくとも、電動こけしをリクエストしてきた友人の分は買わないと固く心に誓う。 「あとは、何か欲しいものあるか?」  首を横に振る。  なんだか一気に疲れた。 「じゃあ、正月だし酒屋で日本酒買って帰るか。玲は甘酒な。あとは和菓子屋で何か食べて帰ろう。その前に、待ち合わせしてるから行くぞ」 「待ち合わせって、誰と?」  歩き出したので付いていく。  百貨店の入口に見知った顔があった。 「あれっ? 圭人」  その隣には鮮やかな青い振そでを着た女性がいる。  誰だろう。  近づいていく。圭人がこちらに気づいた。 「玲」  目の前まで辿り着く。  真島さんが頭を下げて「あけましておめでとうございます」と言ったので、俺も頭を下げた。目の前の二人もだ。 「藤崎さんから今朝連絡あって、今日、ちょうどこちらの方に来るから新年の挨拶したいって」  状況が掴めず、説明があまり頭に入ってこない。  そういえば、空港で迷子になったとき真島さんのスマホで圭人に連絡したのだ。番号はわかっているから、俺に会うために連絡してきたのだろう。  圭人は柔らかい笑みを浮かべて言った。 「連絡しようと思っていたのでちょうど良かったです。もしよろしかったらですが、近々、お食事でも御一緒できたらと思いまして。真島さんも一緒に、四人でどうですか」  四人で?  真島さんは俺の方を見ながら答えた。 「私は構わないですが」  振袖を着た女性が微笑んだ。清楚な雰囲気だ。 「あなたが玲くん? お話は以前からよく聞いてます。かわいい、弟みたいだって」 「はじめまして」  笑みを浮かべたつもりだった。  だけど上手く笑えなかった。 「実はこのたび婚約しまして。今日は彼女の家に御挨拶に伺ってきたんです」 「それは、おめでとうございます。なるほど、その準備で忙しかったわけですね」  どうしても変更できない予定とは、このことだったのだ。引っ越し準備も全部そのためだ。 「正式な結納や挙式などはこれからですけど」  少し照れた様子で婚約者の方を見た。彼女も同じような表情で圭人を見ている。 「本当の弟みたいなものだし、誰よりも先に家族の一員として紹介したかったんだ。玲がこっちにいるうちに一緒に食事しよう」  先日、一緒に食事をしようと言った。あれは、こういうことだったのか。  おめでとう、という言葉が出てこない。  簡単に言えるはずなのに。  圭人が幸せになるのはうれしいし、いつかは結婚すると思っていたけれど、それはもっと先だと勝手に考えていた。  そんなの思い込みで、とっくに大事な恋人がいた。なんでも話してくれると思っていたのに、知らないところでいつの間にか。  いや、なんでも話してくれるから、こうして最初に打ち明けてくれたのか。  頭が混乱する。  真島さんがこちらをちらりと見てから、圭人に言った。 「後で私の方から電話します。そのとき時間と場所を打ち合わせるというのでどうでしょうか?」 「そうですね。玲は明日からバイトだし、真島さんも予定があるでしょうから。じゃあ、ご連絡お待ちしております」  圭人は頷き、婚約者と共に軽く頭を下げて、去っていった。 「なんだ? 今の態度は」 「そっちこそ勝手に話進めて」  本当は、少しホッとしたけれど。  あれ以上一緒にいても上手く話せなかった気がする。 「家族みたいなものなんだろ。兄を取られたみたいで妬いてるにしても、おめでとうくらいは言わないと。子供じゃないなら」 「知ったようなこと言うな」  振り切るように大股で前へと進む。 「どこに行く気だ」  背後から声がする。 「帰る!」 「帰り方わかってるのか」  俺はゆっくりと振り返った。  真島さんは苦笑している。  悔しい。  悔しくて泣けてきそうだ。 「わかったから、一緒に帰ろう。だけどその前に酒屋と和菓子屋に行くぞ。食べたいものを買って家で食べればいい」  その言葉に従うしかなかった。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

91人が本棚に入れています
本棚に追加