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「藤崎玲くんです。今日から三日間、ヘルプで入ってくれます」
店長の紹介で俺は頭を下げた。店内に集まっていて、ほかに女性が三人いる。
ショートカットでベテランっぽい雰囲気の山田さん、先日来たときに注文カウンターにいた榊さん、頬がふっくらして優しげな佐々木さん。
「ヘルプと言えるほどヘルプできるのか心配ですが、頑張ります。よろしくお願いします」
山田さんが笑顔で答えた。
「大丈夫。もうとにかく猫の手も借りたいくらいだから。猫よりはできるでしょ」
「はは……」
店長が俺の方を見た。
「冬なのに冷たいものなんか食べにくるのかなって思ってるでしょ。それがね、正月は福袋争奪戦で、みんなすごく熱くなってるわけ。そうでなくても人出多くて、とにかく店入ろって人もいるし、年始の休み中だけ人手増やしたいと思ってたんだよね」
そういえば本州は北海道と違って冬休みが短い。一斉に年始に街に出てくるのだろう。
「さすがにパフェを作れるようになるまで育てる時間はないので、藤崎くんは主にソフトクリーム担当ね。クリームの巻き方はあとで山田さんに教わって。それとお客さんが帰ったらテーブルを拭く、返却口に置かれた食器やトレイを回収して洗う。夕方まで状況見て交代で休憩とってください」
「はい」
「では、よろしく」
店長がパンッと手を叩くと、皆がそれぞれの場所に散っていった。店長と佐々木さんは仕込みのために調理場へ。声をかけてきたのは山田さんだ。
「まずは掃除よろしくね」
「はい」
榊さんがモップと布巾を持ってきた。山田さんがモップを受け取り、俺は布巾を受け取ってテーブルを拭き始める。
隣のテーブルを拭いている榊さんがこちらを見た。
「先日は本当にありがとうございました」
「いえ、俺は全然」
結局事態を収集したのは真島さんだ。
山田さんがモップで床を拭きながら、明るい口調で言う。
「藤崎くんって真島さんのところに泊まってるんだって? ねえ、真島さんってどうなの」
「どうって……」
手が止まりそうになり、慌てて布巾を動かす。
「ほら、部屋が散らかってひどいとか、メシマズとか」
「メシマズってなんです?」
「料理が壊滅的に下手くそってこと。いやあ、あれだけ顔良くて仕事できて完璧だから、なんか欠点ないと世の中不平等すぎるでしょ」
思わず吹き出してしまう。
「山田さん、おもしろいですね。残念ながら料理はささっと作りますし、部屋は綺麗だし、観葉植物に丁寧に水あげてます。でも俺のことすぐからかって口悪いところあるから、性格は難ありでは」
「その程度ならむしろ、真面目すぎなくてプラスポイントでしょ。ダメだこれは。モデルみたいな超美人の彼女がいるパターンだ」
榊さんも頷いた。
「いそうです」
彼女はいないはず。
年末年始の休暇に俺を泊めて、観光案内までしてくれているのだから。
でも、恋人なしとは言っていない。帰省中かもしれないし、今日から俺がいない昼間に誰かと会っているかもしれない。
美人の恋人がいてもおかしくはない。
むしろ、山田さんたちが言うように、いて当然なのだ。
胸が、ちくりと痛んだ。なぜなのかわからない。完璧すぎる大人の男への羨望からの嫉妬なのか、それとも違う感情なのか。
違う感情とは、何だ?
掃除を終えた後、ソフトクリームを綺麗に巻けるよう特訓を受け、開店時間を迎えた。
開店直後はぽつぽつと人が来る程度だったが、昼前に満席になり、三時過ぎには注文のために並ぶ長い列ができた。ソフトクリームを作りながら、客席の方にも目をやり、洗い物もする。途中三十分程度の休憩をとったが、疲労が激しくて弁当を買いに出る元気もなかった。
夕方から交代になるバイトの人が来て、心底ホッとしたのだった。
マンションに帰り、ソファに横になっていた。
身体と脳の疲れがひどい。
初めてでわからないことや気を遣うことが多かったとはいえ、店で働いている人はこれを毎日やっているのかと、尊敬の気持ちしかない。
真島さんはキッチンで夕食を作りながら、ソファで動かない俺の方をちらりと見た。
「どうだった? ……って聞かなくても想像はつくけど」
「マジ疲れた。昼飯買いに出る元気もなかった」
「たくさん食べて早く寝るんだな」
ぐつぐつとシチューを煮込む音がする。良い匂いが漂ってきた。
「……真島さんは、今日は何してたの」
さりげなく聞いたつもりだった。
特に興味はないけど、というふうを装って。
「何って、年末に帰ってからずっと玲に付き合ってたから、一人でやることいっぱいあるんだ。洗濯とか掃除とか食材の買い出しとか、仕事のメールチェックとか」
「ふーん……」
聞いたところで、恋人がいるかなどわからない。
知ってどうするんだ。
関係ない。関係ないはずだ。
疲労で考えもまとまらない。
結局、バイト一日目は疲れ果てていて、風呂に入ってテレビをぼんやりと見たあと、早めに就寝した。
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