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ライトアップされた東京タワーの前でタクシーが停まった。脚元に立つと遠くから見る姿とは全然違い迫力がある。眺めて写真を撮るのは後回しにして、まずは入場券を買ってエレベータに乗った。
「いろいろ遊べるスポットも中にあるけど、あまり時間もないし、それはまた東京に遊びに来たときにでも友達と行くんだな」
次も真島さんがつきあってくれるわけじゃないんだ。
喉元まで出かけた言葉を飲み込む。
明日で終わり。
わかっている。
急に、別れが目前に迫ってきた気がする。
エレベータの扉が開き、展望台のメインデッキに出た。
「うわ、すっげー」
煌めく夜景が広がっていた。窓際に駆け寄ってじっくり眺める。高層ビルにスカイツリー。はるか遠くで流れる車のヘッドライト。地上から見る風景とは違う、精巧なジオラマのようだった。
子供みたいに駆け寄ってしまったことに気づき、我に返る。からかわれるだろうか。
隣を見上げる。
視線が合う。
子供だな、って言ってくれたら、すぐに返せたのに。
時間が止まったみたいな長い沈黙。急に視線を逸らすのも不自然な気がする。
何か話をしなければ。
少し離れた隣にいる男女の会話が聞こえてきた。
「この後どうする」
「帰りたくないな」
視線を向けなくても、二人が密着してるのがわかった。指を絡ませているくらいならいいけれど、それ以上のことをしていそうだったので逆方向に歩き出した。
「こんな時間だからカップルばかりかと思ってたけど、そうでもなくて良かった。俺たち以外にも男同士もいるし」
声が上擦らないよう気をつけて、何気ない口調で話す。フロアには友人同士や家族連れもいる。冬休みを満喫してるのだろう。
「男二人だってカップルかもしれないだろ」
「え」
思わず振り返って顔を見てしまう。俺の焦りを知ってか知らずか、真島さんは話題を変えた。
「明日は成田空港まで一緒に行ってやる。昼の飛行機なら午前中には出ないとな。寝坊するわけにはいかないから、観光案内もここで終わりだ」
「真島さんは明日から仕事だよね。大丈夫なの?」
「出社せずに午後から出張だから」
「……ありがとう」
忙しいのに空港まで送ってくれるのだ。方向音痴だからなのか、社長の息子だからなのか、世話焼きの性分からか、わからない。
それ以上の感情など、あるはずないけれど。
「素直だな。そろそろ方向音痴を自覚してきたか」
「言われると思った」
フロアを歩いていると、前方にほかとは床の材質が違う部分があった。長方形の形で透明になっている。近づいて覗き込むと遠い地面が見えた。
「玲は高所大丈夫?」
「恐怖症とかじゃないよ」
「じゃあ、歩いてみろよ」
「真島さんこそ先に歩いてよ。まさか怖いとかないよね」
煽るように笑う。
真島さんはすぐに歩き出し、真ん中で止まってから向こう側へ行った。
「どうぞ」
誘われて、前へ歩き出す。
これくらい平気なはずだ。
歩き出して真ん中で立ち止まり、下に視線を向ける。さすがにゾッとするような高さだった。
でも大丈夫。
そう思って再び歩き出した瞬間、真島さんが正面から俺の肩を軽く押した。
「ちょっ――!」
後ろによろめいて慌てて真島さんの腕を掴む。
心臓が跳ね上がり、飛び出しそうだった。
「何するんだよ! いい歳した大人が」
悔しくて肩のあたりを拳で叩いたが、真島さんは楽しそうに声をあげて笑っている。
胸がどくどく鳴っている。
煌めく夜景に囲まれた展望台は、すぐに一周してしまった。
「帰ろう」
頷くしかない。
もっとゆっくり回れるくらい距離があれば良かったのに。だけど目の前にはエレベータがあって、降りる以外の選択肢はない。
二人で乗り込むと扉が閉まった。
下へと降りていく。
終わりが近づいてくる。
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