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「玲!」
聞き慣れた声がした。
振り向くと、従兄弟の姿があった。
「圭人!」
駆け寄って抱きつく。実の兄同然で、厳しい父親よりも親しみがある、大事な存在だった。
「だから動かないで待っていてって言ったのに」
優しい口調。
怒っているのではなく心配していたのだろう。
身体を離し、拝むように両手を合わせて謝る。
「ごめん。なんか人が多くて、避けて歩いてるうちにどんどん離れちゃってたみたいで」
「無事で良かったよ。じゃあ、行こうか。相手を待たせたら悪いしね」
「うん」
大きく頷き、並んで歩き出した。
「それにしても、急に東京に来るなんて言うからびっくりしたよ」
圭人は笑った。
上京が決まったのは一週間前。
冬休み前に進路調査があり、俺は無記入のまま提出した。最初は「社長」と書いたが、消しゴムで消した。それこそ小学生の将来の夢みたいで、さすがに恥ずかしい。
正直、大学はどこでも良かった。
どこに進学してもレールの先は決まっている。
代々酪農家で、祖父が飼っている乳牛の数は市内では一番多い。その牛乳を使った乳製品の会社を二十年前に父が立ち上げた。最初はチーズやヨーグルトなどだったが、アイスクリームが評判となり、今では全国各地の物産展に出展すれば、ソフトクリームを求める長蛇の列ができる。「藤崎農場」は一大ブランド名だった。
小さい頃から、祖父や周囲の大人たちに何度も言われた。
玲くんは将来、社長だね。
藤崎さんは後継が生まれて良かったね。
ほかの夢を見る余地などなかった。
なのに。
「お前は社長になれると思っているのか」
進路調査の件を知った父親と話し合いとなったが、突き放すような言葉に唖然とする。
「……でも、ほかに継ぐ人間いないだろ。妹はいるけど、俺が長男だし」
家業を継ぐ人がいなくて畳む店もあるのだ。継ぐ子供がいるのは恵まれているのではないか。
「どんな仕事かよく知ろうともせず、社長になれると思ってるなど虫が良すぎる」
「父さんの職場なら一度見たことあるし、隣の工場で商品作ってるのも知ってるよ」
藤崎家の土地に建てられた二階建ての社屋は、自宅から徒歩五分ほどの場所にある。工場で働く年齢の幅は広く、市から雇用の面で感謝されるほどだった。
父親はため息をついた。
「お前が知っているのはほんの一部だ。一度東京に行ってみたらどうだ。年始は買い物客が多くてカフェの人手が足りない。ちょうどいいからバイトに入ってみろ」
「ええっ」
昨年、新業態のカフェを東京に出店した。農場のアイスクリームを使ったパフェなどが中心で女性に人気だ。他の地域にも出展を計画しているという。
なりゆきで、観光も兼ねて上京することになった。
やりとりを思い出し、歩きながら隣の従兄弟に向かってぼやく。
「東京行けって言ったのは父さんなんだから、交通費やホテル代くらい出してくれればいいのに」
夏休み中などに祖父の仕事を手伝い、牛の世話などでアルバイト代をもらって貯めてはいたが、すぐに無くなってしまいそうだ。
「伯父さんは厳しいからね。でも、縁故だとか関係なく、仕事ぶりで評価してくれる。冷酷な人ではないと思うよ」
「会社のこと知らないくせに社長になろうなんて虫がいいとか言うんだぞ? 全然教えてくれないし、家にもろくにいないのに」
「東京との行き来も多くて忙しいからね」
圭人が少し困ったような顔をしたので、これ以上ぼやくのはやめることにした。圭人にとっては尊敬する上司なのだろう。
「まあ東京観光したこともないし、ちょうどいいけど」
「僕が案内できれば良かったのだけど、予定が入っていて付き合えなくてごめんね。宿泊先までは送るよ」
一人で行くのは無謀だったとわかったので心強い。
二人で電車に乗り、東京へと向かった。
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