12月30日

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「なんだ、てめえ……」 「私はこのカフェの社員です。店員から連絡を受けたので警察を呼びました。そろそろ到着しますが、一緒に待ちますか?」  真島さんはにっこりと笑った。  笑っているのに、隙がない。  警察という言葉に怯んだのか、男二人は目配せしてから、俺を押し退けるように勢いよく店を出て去っていった。  真島さんはため息を吐き、俺の方を見た。 「何をやってるんだよ」 「何をって、あいつらが騒ぐから、注意しただけだ」 「それで騒ぎがさらに大きくなって、こうか」  すっぽりと背後から抱き抱えるような手振りをした。  頬がカッと熱くなる。  店内の女子たちがこちらをちらちら見ているのも恥ずかしい。 「手がかかるな。自分一人でなんとかできると思うな」  一人では何もできない子供だと言うのか。  確かに助けられてばかりだけれど。  店員が布巾を手にして駆け寄り、汚れた床を拭き始めた。 「あ、仕事増やしてしまって、すみません」 「いいえ、こちらこそ申し訳ございません。本当にありがとうございました」  俺とそれほど歳も離れていない女性で、男に難癖つけられて怖かっただろう。  隣にいた真島さんも、突然頭を下げた。俺の方に。 「お客さまにご迷惑おかけして、申し訳ございませんでした」 「え」 「今のは、社員として」  顔を上げて微笑んだ。  頭がくらくらした。  返す言葉が浮かばない。叱られたり詫びられたり、感情がジェットコースターみたいに激しく動いて落ち着かない。  カウンターの奥から店長が出てきた。休憩から戻ってきたのだろう。 「申し訳ありません、真島さん」 「構わないよ。丁度、社長の御子息を迎えに来たところだったんでね」  少し嫌みたらしい口調で俺の方を見た。  床は掃除されて、テーブルと椅子も元の位置に戻された。女子たちも笑みを浮かべて話し始めて、店内には元のほどよい静けさが戻った。 「じゃあ、行くか」  一緒に行くしかないので、頷いた。  薄暗くなった道を歩いていく。ここに来る前にスーパーにでも寄ったのか、真島さんはトイレットペーパーなどが入ったビニール袋を二つ持っていた。そのひとつを俺が引き受けて持つ。 「社長の御子息なんて丁寧に言ってたけど、全然敬意が感じられないんだけど」 「パパに言い付けて俺をクビにするか?」  悔しくて地団駄を踏みたくなる。父が言うことを聞いてくれるわけがないし、圭人の話から察するに、簡単にクビになどできないくらいに優秀な社員なのだ。 「お前のその、謎の自信からのトラブル。次期社長だからって周囲が甘やかしてるからじゃないのか?」 「次期社長って決まってるわけじゃないし、父さんにもそう言われた。甘やかされてるどころか、超、塩だよ。少しは会社のこと知れって、自腹で東京来ることになった」  思いっきりムッとした顔で返す。 「なるほど。実力主義の社長らしいけど。とにかく、お前の根拠ない自信が迷惑の元なんだ。方向音痴なら言われた場所で大人しく立ってろ。喧嘩するなら周囲を巻き込むな」 「喧嘩は、別に誰も巻き込んでないだろう」 「運が良かったんだ。パフェのカップが客に当たったかもしれないし、大怪我で救急車を呼ぶ騒ぎになったかもしれない」  言っていることはもっともだ。  真島さんはすぐに揉め事を収めた。  俺が未熟だからなのか。  子供だなどと、認めたくはないけれど。  真島さんがこちらを見て微笑んだ。 「でもまあ、知らないふりしてるやつよりは、俺は好きだけど」  不覚にもドキリとした。  不自然にならないよう、ゆっくりと視線を逸らす。  好きとか、気安く言うな。  深い意味などない言葉だとわかっていても、心を掻き乱される。  落ち着かない。  圭人といるときとは全然違う。  慣れそうにない。  こんな心境も見透かされている気がする。これが大人の男というやつなのか。  ちらりと視線を戻したとき、見下ろすような角度でこちらを見ていることにも苛立った。  この男の何にでも腹がたつらしい。  でも、どうすることもできない。  迷惑客と揉めたせいか、乾いた冷たい空気のせいか、ずっと身体の奥が熱くて、鼓動が聞こえそうなくらい心臓が鳴っていた。
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