12月30日

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 マンションに戻ると真島さんが夕食を作り始めた。外はもう暗い。俺は黒い皮製のソファに座り、キッチンに立つ姿を眺めていた。居候なので仕事分担を話し合い、後片付け担当になったので今は暇だ。  黙っていると格好いい、と言えなくもない。そもそも長身なのが見栄えがいい。黒いシャツとパンツというラフな格好に着替えていたが、それも様になっている。これで社内でも優秀な社員と評判なのだから、恋人も選び放題だろう。 「今日はスーパーで買った肉と野菜だけど、明日はちょっと足を伸ばして一緒に買い出しに行こう。年末年始用のものもあるだろうし」  フライパンを軽く振りながら話している。肉が焼ける香ばしい匂いが漂う。 「年末年始って、おせちとか?」 「そう。あと大晦日は年越し蕎麦」 「一人暮らしなのに意外と古風だな」 「古風? 玲の家ではどうなんだ」  玲と呼ばれてドキリとした。お前と呼ばれるよりはいいし、藤崎では圭人と同じだから紛らわしいのだろう。 「あ、玲が嫌なら、玲くん、玲さん?」 「いや、いい、呼び捨てで」  首を激しく横に振る。なんだかぞわぞわする。 「うちは蕎麦は食べたり食べなかったり」  母親がうっかり忘れている年もある。北海道特有なのか、大晦日からおせちを食べる家もあったりと、行事に厳しい決まりがあまりない。  出来上がった料理を真島さんがテーブルまで運んできた。ダイニングテーブルはないので、ソファに座り、少し低いテーブルで食べることになる。 「どうぞ」  肉と野菜を炒めただけだが、シンプルなのがかえって食欲を誘う。時間もかからなかったので、作り慣れているのだろう。  茶碗に盛った炊き立ての白米と、豆腐の味噌汁も添えられる。 「いただきます」  両手を合わせてから箸をつける。  美味しい。  少しニンニクが効いているのか、箸が進んで止まらない。  真島さんも隣に座り、食べ始めた。 「で、東京観光はどこに行きたいんだ? 時間は限られてるし全部は見られないかもしれない」 「うーんと、東京タワー」 「それこそ古風だな。スカイツリーじゃないのか」  白米を頬張りながら答えた。 「今はちょっと古いやつがブームなんだよ。それに東京のシンボルと言ったら、やっぱ東京タワーだろ。あとは……神社とかも見た方がいいかな。浅草とか?」  地元の神社とは規模が違うだろう。初詣の様子はテレビで毎年見るが、テーマパーク以上の混みようだ。 「うん、神社は元旦に初詣に行こう」 「ほかは渋谷とか原宿とか、あとはどこだろう……」 「若者の街ばかりだな。まあ若者だけど」 「じゃあ古典芸能を学ぶために、歌舞伎町」 「それは、歌舞伎違いだ」 「何が違うんだよ」  真島さんは立ち上がってキッチンの方へと向かった。戻ってきた手には缶ビールがある。 「俺にもひとくち」 「駄目」  あっさり断わって、缶を開けてビールを飲む。ゴクリと動く喉元を見つめる。  大人と子供の線引きをされた気がして面白くない。 「まあ、とにかく、適当に日程を組もう。どうせ数日でなんて見尽くせないし」  頷いた。そもそも観光案内してくれるだけありがたい。一人でも平気だが、どちらに向かって歩けばいいのかわからず、時間を大幅にロスしそうだ。 「あ、そうだ雪が降るといいな」 「雪なんて、嫌になるくらい見てるだろ」  地元の冬は見渡す限りの雪原になる。 「イルミネーション、雪が降るとすごく綺麗だろうから」  冬の都会の街並みはイルミネーションで彩られる。田舎では絶対見られない光景で、一度は見てみたかった。 「それは、運次第だな」  滞在中に見ることはできるだろうか。  イルミネーションだけでも綺麗だろうけれど。  皿洗いをしたあと、シャワーを浴びたり、テレビを見たりと、それぞれの時間を過ごしてから早めに寝ることになった。二人とも飛行機で長時間移動して疲れている。  真島さんはリビングのソファで寝ると言ったが、話し合いの結果、ベッドに真島さん、その横の床に敷かれた客用布団で俺が寝ることになった。突然泊まることになったのに、主を追い出す形にはしたくなかったのでこれでいい。これ以上借りを作りたくもない。  よほど疲れていたのか、横になるとすぐ眠ってしまった。
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