1月1日

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1月1日

 元日の朝。おせち料理を食べてからマンションを出た。真島さんはコートにジーンズ、俺は持参した着替えの数が限られているので昨日洗濯をして、東京入りした日と同じ服装だ。  電車に乗って神社へと向かう。テレビで様子を見て覚悟はしていたが、境内は人で溢れていた。 「嫌ならやめてもいいぞ。俺は別にお願いしたいこともないし」 「行く」  なんとしても初詣をしたいというわけではない。でもここまで来たのに引き返すのも、もったいない。  人波に流されるように歩き出す。突然止まったり、押し返されたりで、周囲からは苛立つような声が上がったりもした。  都会の朝の通勤ラッシュとか、こういう感じなのだろうか。 「なんでこんな思いまでして拝みにくるんだろう」 「玲も来てるだろう」 「俺は観光だからたまたまだよ。毎年来てる人もいるんだろう?」 「登山みたいなものでは。苦労して辿り着いた方がありがたみを感じるんじゃないか」 「そんなものかな」  つぶやいていると、急に後ろから押された。真島さんと離れそうになって焦る。こんなところではぐれたら二度と会えそうにない。  そう思った瞬間、手を強く握られた。 「ぼんやりするな」  引き戻されて、その勢いで胸元に収まってしまう。慌てて離れたが手は再び握られた。  小声で訴える。 「この手、離せよ」 「見失ったら終わりだろう? 方向音痴が」  ニヤリと笑われる。  顔が熱くなった。 「男二人で手繋いでるの見られたら、変に思われるだろ」  見上げて睨み付ける。 「こんなに混んでるのに他人のこと気にするヤツなんていないって。それとも――」  真島さんは少し身体を傾け、耳元で囁くように言った。 「意識してる?」 「誰が、誰を!」  完全にからかわれている。 「じゃあ、いいだろう。別に恥ずかしいことしてるわけじゃない。むしろいい歳して迷子になる方が恥ずかしい」 「――なっ」  反論できない。そのまま人波に流されるように歩いた。  仕方ない。  はぐれたら困るから、手を握っているというより掴んでもらってるだけだ。そう思おう。  やっとの思いで賽銭箱の近くまで来た。  肝心の賽銭箱は見えないが、後ろからも賽銭がびゅんびゅん飛んでくる。  握られていた手がやっと離されて、ホッとした。 「投げ入れるのか?」 「それしかないようだな」  財布を取り出した。中身はかなり寂しい。  明日からのアルバイトで、少しはマシになるはずだが。 「賽銭の額が低いと、しょぼい願いごとしか聞いてくれないのかな」 「五円玉でも入れておけ。神様なんだから、少ないとか文句は言わないだろ」  その言葉は考慮せず、小銭を全部入れることにした。  と言っても、八十円しかない。  周囲を真似て手を合わせた。その横で真島さんも賽銭を投げて手を合わせ、こちらを見た。 「何を願った?」  素直に答える。 「社長になれますように」 「小学生が文集に書く夢みたいだな」 「そっちこそ何祈ったんだよ。素敵な恋人をください、とか? 休日に俺に付き合ってるくらいだから彼女いないんだろ」  思いっきりジャブを入れたつもりだったが、全然効いてない。 「別に不自由してるわけじゃない。それに、願いごとは他人に話すと無効になる」 「ふうーん……って! 俺、話しちゃったじゃん」  真島さんは声をあげて笑った。思いっきり蹴りを入れたかったが、この狭さでは難しい。 「行くぞ」  再び手を握られた。振りほどきたいのに出来ないのが悔しい。はぐれないように導いてくれている。からかってきたりしなければ、余計なこと言わなければ、頼れる大人の男なのに。  もしかして振り回されているのだろうか。  大人の余裕で、面白がられて遊ばれてるのだろうか。  東京の空気は乾燥しているからか、北海道より風が冷たく感じる。だけど、握られている手だけは温かかった。
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