詩情篇

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馬車は、オラニエ・ナッサウ家の宮殿の前に停まった。 侍従に先導されて、宮殿・謁見の間に入ると、そこにひとりの少年が玉座に在った。 ウィレム3世―後に、イングランドに無血上陸を果たし、ブリテン島を乗っ取り、その国の王座に治まり、「名誉革命」なる歴史事件で永く世界史に記憶されることになる人物である。 このとき、未だ13歳。 後年、フランスの「太陽王」ルイ14世と華々しく渡り合う器量は、その片鱗も見せてはいない。 この端正な顔立ちを持つ少年王は、玉座から降りて親しげに。この東洋からの賓客に近づき、うやうやしく、その手に接吻した。 「メウフラウ・マアーシャ、私たちは貴方の来訪を心待ちにしていました」 今、このネーデルランドは国家存亡の危機にあるという。 今を去ること12年前の1652年というから、日本では三代将軍家光が死んで間もなく、由比正雪の乱が起きていた頃、共和国イングランドは独裁者オリバー・クロムウェルの下、ネーデルランドを海上封鎖し、その有力な商船団を盛んに拿捕し、これを破るべくマールティン・ヴァン・トロンプ提督の率いるネーデルランド艦隊は出撃、イングランド艦隊と戦って壮絶な敗北を喫した。 その結果、オラニエ家の要職からの排除、ネーデルランド船のイングランド軍艦への敬礼義務、そして、終わったはずの1623年に起きたアンボイナ事件(ネーデルランド東インド会社が、モルッカ諸島アンボイナ島のイングランド商館を襲撃、イングランド人10名、日本人9名、ポルトガル人1名が殺害)の賠償金8万5000ポンドの支払いから成る、内政干渉も含めた屈辱的なウェストミンスター条約を結ばされて、この第一次英蘭戦争は終結した。 それから12年を経た今日、イングランドではクロムウェルが死に、王政が復古。
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